会計士と税理士の仕事を「閉じる世界」と「閉じない世界」に仕分けする

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安宅和人氏が2026年2月に書いた「閉じる世界と閉じない世界」を読んだ。 天ぷらの大将と陶芸家の話から始まり、価値の生まれ方には構造の違う二種類があると論じる。 一つは記号と情報で動き、再現でき、ログが残る「閉じる世界」。 もう一つは物質を伴い、条件が毎回違い、不可逆で、一回性の中にしか成立しない「閉じない世界」。 AIは前者を猛烈な速度で圧縮する。

そして、弁護士と会計士が名指しされる。

弁護士や会計士はホワイトカラーだが、価値創造の相当部分はサイバーで閉じる。条件が固定され、ログが蓄積され、再現可能な判断が多い。AIに最も圧縮されやすい領域だ。

会計士と税理士を本業にしている身として、この指摘は正しいと思う。 帳簿も申告書も監査調書も、数字と条文でできている。 物質を伴わないし、同じ入力からは同じ出力が出る。

ただ、同じ記事の中に、読み流せない一節がある。将棋の話だ。

事実、AIはすでに棋士を超えている。しかし将棋のプロは消えていない。完璧な最善手よりも、全身全霊で盤に向き合う人間の姿に、人は惹かれるからだ。将棋は「閉じる世界」に見えながら、人間がそこにいる限り、完全には閉じない。

将棋は盤上の記号で完結する。閉じる世界の典型に見える。 それでも棋士は残った。 なら、会計士と税理士の仕事のどこかにも、同じ構造で残る部分があるはずだ。 この記事では、安宅氏が示した二層を軸にして、自分の業務を一枚の図に置いてみる。

先に結論

  • 閉じない世界の価値は「物質と時間の一回性」と「人がそこで格闘している現前性」の二層でできている。この二つを横軸と縦軸に取ると、会計士と税理士の業務は一枚に配置できる。
  • 大半の業務は左下(繰り返し可能で、人がいる価値が低い)に寄る。記帳、申告書作成、監査の定常手続はここにあり、AIが圧縮する。
  • 右上(一回きりで、人がいる価値が高い)に残るのは、税務調査の立会い、不正調査の聞き取り、企業再生の初動交渉のような、短期間で相手と向き合ってその場で答える工程に限られる。
  • 同じ業務名でも工程で位置が割れる。財務DDの資料分析は右下、経営者インタビューは右上にある。守るなら業務名ではなく工程を選ぶ。
  • 棋士が残ったのは、対局の構造だけでなく、将棋を指せる人の裾野と、人が出会う場という土壌があったからだ。会計と税務にも同じ土壌が要る。

二層を軸にする

安宅氏は閉じない世界の価値を二層に分けている。

閉じない世界の価値は二層ある。一つは物質と時間の一回性。もう一つは、人間がそこで格闘しているという現前性。この二層が重なるとき、AIには代替できない何かが立ち上がる。

この二層は別々に動く。 陶芸の焼成は一回きりで不可逆だが、客は窯の前にいない(一回性が高く、格闘の痕跡は器に残る)。 天ぷらのカウンターは、一回きりで、しかも客の目の前で揚げる(両方が高い)。 将棋の対局は、手順なら棋譜として再現できるが、盤に向き合う棋士の姿は再現できない(一回性は中程度で、現前性が高い)。

だから、二つを別々の軸に取る。

  • 横軸は一回性。左は繰り返し可能で、再現でき、ログが残る。右は一回きりで、不可逆で、条件が毎回違う。
  • 縦軸は現前性。下は人がそこにいなくても成立する。上は人がそこにいることそのものに価値がある。

安宅氏の言う「閉じる世界」は左下、「閉じない世界」の核は右上になる。 AIが圧縮するのは左下で、右上に近づくほど圧縮しにくい。

会計士と税理士の業務を置く

自分が実際にやってきた業務を、この2軸に置いたのが図1だ。 位置は測定値ではなく、筆者の判断で置いた定性的なものである。

会計士と税理士の業務を、横軸に一回性、縦軸に現前性を取った2軸に置いた図。記帳や申告書作成や監査の定常手続は左下のサイバーで閉じる領域に寄り、右上の一回きりの対面には税務調査の立会い、不正調査の聞き取り、再生初動の銀行交渉、財務DDの経営者インタビューが残る
図1: 業務の大半は左下のサイバーで閉じる領域に寄り、右上には一回きりの対面だけが残る

左下(サイバーで閉じる)

記帳と仕訳入力、申告書の作成と電子申告、監査の定常手続(証憑との突合、分析的手続、残高確認)はここにある。 どれも入力が決まれば出力が決まり、同じ作業を毎月、毎期繰り返す。 人が机に向かっている必要はない。

この領域は既にAIが圧縮している。 以前の記事で「紙からデータ化」と「定型の仕訳作成」をAI代替可能性が高い工程として挙げたが、その後の7か月で圧縮はさらに進んだ。 米国ではBlack Oreが申告書作成の工程を98%削減すると謳い、Basisが会計事務所側に座るエージェント層として資金を集めている。 記帳代行についても、論点は人の判断をどこに蓄積するかという設計の問題に既に移っている。

右下(一回きりだが机上)

組織再編のスキーム設計、財務DDの資料分析はここに置いた。 案件ごとに条件が違い、同じものは二度と来ない。 その意味で一回性は高い。 しかし作業自体は机上で完結する。 資料を読み、数字を組み替え、条文に当てはめる。 人がその場にいることに価値があるわけではない。

この領域は、条件が毎回違うぶん左下より圧縮が遅い。 ただし、条件を全部テキストで渡せる仕事である以上、AIが追いつく方向にある。 一回性だけでは守れない。

左上(定例の対面)

月次の面談と巡回、企業再生の月次モニタリングはここにある。 毎月同じ形式で繰り返すから一回性は低い。 しかし社長と顔を合わせて数字を見る時間そのものに価値がある。

ここは単独で稼ぐ場所というより、右上への入口になる。 以前の記事で書いた「先生のところで月次のモニタリングも受けられないんですか」という依頼は、定例の対面が右上の仕事を連れてくる例だ。

右上(一回きりの対面)

税務調査の立会い、不正調査の聞き取り、企業再生の初動での銀行交渉、財務DDの経営者インタビュー。 共通するのは、相手がいて、時間が限られていて、その場で答えなければならず、一度した発言を取り消せないことだ。 調査系の仕事で、短期間にアウトプットを迫られるフェーズに集中している。

この領域が閉じない世界の核になる。 天ぷらの大将が客の様子を読みながら揚げるように、税務調査の席では調査官の質問の意図を読み、経営者の顔色を見ながら、その瞬間に答える。 頭で条文を検索する前に、身体が「ここは引く」「ここは押す」を選んでいる。 安宅氏が「判断が残るという言い方では足りない。頭より先に身体が選んでいる」と書いた状態は、この席で起きている。

同じ業務名が工程で割れる

図1を作っていて気づいたのは、業務名で仕分けると位置が決まらないことだ。

監査、財務DD、企業再生の三つの業務が、それぞれ机上の工程と対面の工程に割れて、2軸の図の別の位置に置かれることを矢印で示した図
図2: 監査、財務DD、企業再生はどれも、机上の工程と対面の工程に割れる

監査は、証憑との突合や分析的手続は左下だが、棚卸立会と実査は倉庫に行って現物を数える。 物質を伴い、その日その場所でしか成立しない。 閉じない世界に片足を置く、監査の中では数少ない工程である。

財務DDは、資料分析が右下、経営者インタビューが右上にある。 同じ案件の中で、AIに渡せる工程と渡せない工程が隣り合っている。

企業再生は、月次モニタリングが左上、初動の銀行交渉が右上にある。 再生案件の最初の1か月は、返済条件の変更交渉、資金繰りの見通し、銀行への説明が一度に来る。 2031年に向けた事業の整理で「3日から2週間で成果物を出す瞬発仕事」に絞ると書いたのは、右上の工程を売るということだった。

守るべきは業務名ではなく、右上に残る工程である。 「監査はAIに代替される」「財務DDは残る」という言い方は、どちらも粗すぎる。

将棋が閉じない理由と、税務調査

将棋に戻る。 安宅氏の指摘は「将棋は閉じる世界に見えながら、人間がそこにいる限り、完全には閉じない」だった。 税務調査の立会いは、この構造をそのまま持っている。

将棋の対局と税務調査の立会いを、相手、時間、不可逆、見る人、AIの位置の五つの要素で対応させた表
図3: 相手、時間、不可逆、見る人、AIの位置。五つの要素がそのまま対応する

将棋AIは最善手を知っている。 しかし盤の前に座るのは棋士で、観客が見たいのは人と人の戦いだ。 税務調査でも、AIは条文と判例と過去の事例を出せる。 しかし調査官の前に座り、経営者の横で答え、その答えの責任を引き受けるのは税理士である。

見落としやすいのは「見る人」の存在だ。 棋士が残ったのは、人が人の戦いを見たがるからだ。 税務調査の席で、税理士の戦いを見ているのは経営者である。 自分のために条文を引き、調査官と押し引きしている姿を、経営者は横で見ている。 この現前性が、翌年以降の顧問関係を決める。

安宅氏は脚注で、育児と介護の現場を「閉じない世界の構造そのもの」でありながら「その場にいない人には原理的に見えない」と書いている。 税務調査の立会いも同じ性質を持つ。 戦っている姿は経営者一人にしか見えない。 だから市場価格がつきにくく、外から見れば「税理士の仕事はAIで置き換わる」に見える。

棋士が残った土壌

将棋のプロが残ったのは、対局の構造だけが理由ではない。 残るための土壌がある。

将棋には競技人口がある。 レジャー白書2025によれば将棋の参加人口は430万人で、減少傾向とはいえ、指す側にも見る側にも裾野がある。 親子で指す。 道場や教室で知らない人と指す。 そして盤と駒だけあれば成立し、電気がいらない。

この条件を会計と税務に当てはめると、次の表になる。

将棋を支える土壌会計と税務での対応物
指せる人の裾野(参加人口430万人)簿記を学ぶ人。日商簿記3級と2級のネット試験だけで、2025年度に41.8万人が受験している
親子で指す事業承継の席。親から子へ会社を渡す場に、税理士が座る
知らない人と道場で指す経営者が集まる場、税務調査の部屋、銀行との交渉の席
盤と駒だけで成立し、電気がいらない帳簿と電卓と、向かい合って話す時間だけで成立する。複式簿記は500年以上前から紙の上で動いてきた
人が人の戦いを見る経営者が、自分のために戦う税理士を見る

裾野は細くない。年に40万人以上が簿記の試験を受けている。 簿記を学んだ人は、数字を読める経営者や経理担当者として、会計と税務の「観客」であり「対局者」になる。 この裾野が細れば、右上の業務も成立しなくなる。 税務調査の席で税理士の押し引きを評価できる経営者がいなければ、その仕事に価値がつかないからだ。

以前、人が勝手に遊び始める構造を設計する人がAI時代に強くなると書いた。 簿記の学習アプリを作っているのは、集客のためというより、この裾野を育てる側に回るためでもある。

以前の四象限との関係

生成AI時代の税理士事務所の生存戦略では、AI活用力と専門性の2軸で事務所を四つに分けた。 あれは事務所を分類する軸で、今回は業務を分類する軸である。 両方を重ねると、事務所が「王者」の象限にいるだけでは足りず、その事務所が右上の工程に時間を張れているかが問われる。

AI時代の浸透構造で書いた規制産業と職業ギルドの壁は、また別の軸だ。 壁は参入を防ぐが、業務の圧縮は防がない。 壁の内側で左下に居続ければ、壁ごと価値が下がる。

打ち手

図1の四つの領域ごとに、やることは決まる。

  1. 左下はAIで圧縮しきる。記帳、申告書作成、定常手続は自分の手から外す。ここに時間を残すほど、右上に張る時間が減る。
  2. 右下は条件の渡し方を設計する。スキーム設計や資料分析は、条件をテキストで渡せばAIが下書きを出す。人が見るのは検算と、条件に書けなかった事情だけにする。
  3. 左上は右上への入口として維持する。月次の対面はやめない。ただし、月次の資料作成そのものは左下として圧縮する。
  4. 右上に時間を張る。税務調査、不正調査、再生初動、経営者インタビュー。短期間で相手と向き合う工程を、売り物の中心に置く。
  5. 土壌を育てる側に回る。簿記の裾野、経営者が集まる場、事業承継の席。右上の業務が成立する条件は、自分の事務所の外にある。

安宅氏は記事をこう締めている。

閉じる世界が徹底的に圧縮されればされるほど、この閉じない世界の価値は経済的にも文化的にも、重みを増していく。

会計士と税理士の仕事の大半は、圧縮される側にある。 だからこそ、残る右上の重みは増す。 残るのは「税理士」という職業名ではなく、相手の前に座って、その場で答え、責任を引き受ける工程である。

出典

#AI#税理士#会計士#キャリア#安宅和人#図解