AI時代の浸透構造——「難しい」の正体
きっかけ:ある記事への違和感
桺本頌大氏の記事「中小企業をAIネイティブ組織に変えることは可能か」では、AI導入の難しさが以下のプロセスで説明されている。
紙・属人化 → デジタル化 → データ蓄積 → データ活用 → AI活用
記事の主張は「このプロセスを全部やろうと思ったら何年もかかる」「だから難しい」というもの。
しかし、実際にClaude Codeなどを日常的に使っていると、そこまで難しいとは思えない。何が「難しさ」を生んでいるのか。
「難しい」の正体:3つのズレ
1. 組織変革と個人の生産性向上は別ゲーム
記事は「中小企業をAIネイティブ組織に」という話をしている。全社員・全部署を巻き込む組織変革を想定している。
しかし、経営者=実務者が自分の業務を自分で効率化するケースでは、「現場の抵抗」も「経営層のリテラシー不足」も存在しない。組織変革と個人の生産性向上は全く違うゲームである。
2. 「データ蓄積が必要」は古いAI観
「紙→デジタル化→データ蓄積→データ活用→AI活用」というモデルは、機械学習時代の発想。
LLMは蓄積データなしでもその場のタスクをこなせる。領収書のOCR→構造化抽出、Excelの数式生成など、「今手元にあるデータ」を処理するのに何年もかけたデータ蓄積は要らない。
3. 技術の問題ではなく労使関係の問題
記事は「今までのやり方の方が楽なんだけど」という現場の抵抗を描いている。しかし本質は「楽かどうか」ではない。
会社「AIで生産性2倍になった!」
従業員「...で、俺の給料は?」
会社「据え置きです」
従業員「じゃあ今まで通りでいいっす」
これが「現場の抵抗」の正体。頑張っても自分に返ってこないから動かない。
AIの浸透を決める「インセンティブ構造」マップ
| カテゴリ | インセンティブ | AI浸透 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 職業ギルド内の個人(税理士・会計士等) | 100%自分に返る | ◎ | 独占的優位 |
| 職業ギルド参入者(受験生) | 資格取得に1年...AIあるのに? | × | 参入意欲消失→壁が高くなる |
| 既存組織の従業員 | 給料変わらず忙しくなる | △ | 形だけ導入、実質停滞 |
| AIネイティブ新興チーム | SO・成功報酬で一致 | ◎ | 既存を破壊する側 |
職業ギルドの逆説
AIの凄さを知ってしまった人間からすると、AIなしに1年かけて膨大な参考書を暗記するというバカバカしさに耐えられない。
つまり、現在すでに職業ギルドの中にいる人がAIを活用するのは圧倒的優位だが、これから入ってくる人(AI知ってる人)からすると、越えられない壁のように見える。
結果:職業ギルドの壁は今以上に深くなる。
日米比較:雇用規制が生む構造的格差
| 米国企業 | 日本企業 | |
|---|---|---|
| AI投資 | ガンガンやる | やりたい... |
| 原資確保 | リストラで捻出 | 雇用規制で切れない |
| 生産性 | 上がる | 停滞 |
| 結末 | 勝つ or 倒す側 | 倒される側 |
米国企業はAIに投資し、そのキャッシュを確保するために人を切る。日本企業は雇用規制でそれができない。
結果、日本企業は:
- AIネイティブの新興に倒される側になり
- 労使の溝で停滞し続ける
日本で生き残れるセクター
規制で守られた領域(AIネイティブ新興が「法的に」参入できない)
- 金融(免許制)
- 不動産(宅建業免許)
- 士業(税理士、会計士、弁護士...)
- 医療(医師免許)
- インフラ(許認可)
規制のない領域 → 焼け野原
- SaaS
- EC
- メディア
- ...
結論:ポジションの話
「AIネイティブ組織への変革は難しい」という記事の主張は、より正確に言えば:
「自分ではできない人が、組織全体を変えようとすると難しい」
技術がわかる人が自分の仕事に使うケースには当てはまらない。
そして、規制産業×ギルド内×経営者=実務者というポジションにいる場合、三重に守られている:
- ギルド内でAI活用できる個人的優位
- ギルドの参入障壁がAI時代に逆に上がる
- そもそも規制産業だからAIネイティブ新興が法的に攻めてこれない
AI時代の「難しさ」は、技術の問題ではなく、インセンティブ構造とポジションの問題である。