現金10億円のPE投資家が不動産営業を止めた「なぜ?」を、貸借対照表と損益計算書で読み解く

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現金10億円のPE投資家が不動産営業を止めた「なぜ?」を、貸借対照表と損益計算書で読み解く

Xで、投資用不動産の営業を受けた人の記録が流れてきた。 書き手は本業がPE(プライベート・エクイティ、未上場企業を買って価値を上げてから売る投資)で、国内外に無借金の不動産を複数持ち、すぐ動かせる現金が常に10億円あるという。 営業側は「それだけ属性が良いのに融資を使わないのはもったいない」と最後まで言い、書き手は「その『もったいない』を数字で説明して」と返して会話が終わる。

読むと爽快なやりとりなのだが、爽快さの中身は「詰めた/詰められた」ではない。 書き手が毎回聞いているのは、貸借対照表(BS)と損益計算書(PL)のどこが動くのか、という一点である。 そこを図にすると、この会話がどこで噛み合わなくなったのかがはっきりする。

先に結論

  • レバレッジが上げるのは自己資金に対する利回り(率)であって、手元に残る現金(額)ではない。額を増やしたければ与信をもっと使うしかない。
  • 書き手はレバレッジを否定していない。断っているのは、自分のバランスシートに借金を置くこと。買収に使う借金は買収先に乗り、返すのも買収先だから、自分の与信の減り方が違う。
  • 減価償却は借入の有無と関係なく発生する。借りたことで増えるのは支払利息だけ。「減価償却があるから借りた方が得」は、別の話を持ってきている。
  • その減価償却による節税は、法人なら免除ではなく繰延にすぎない。売った年に同額戻る。
  • 本当に差が出るのは出口。不動産も事業も「利益 × 倍率」で値段が決まるが、自分で動かせるレバーの数が違う。

以下、この5点を順に見ていく。

会話でやりとりされていたこと

営業側の主張は3つだった。

  1. レバレッジを使えば、少ない自己資金で大きな資産を持てる(資産形成になる)
  2. 融資を使えば手元に現金を残せる
  3. 不動産は減価償却で節税できる

書き手はどれにも「なぜ?」を返した。 1に対しては「資産総額の最大化が目的だと言った覚えはない」、2に対しては「すぐ動かせる現金が10億円ある」、3に対しては減価償却額と支払利息を並べて「それは借りた方が得と言えるのか」と返す。 最後は「Ryoさんは一般的な不動産投資家とは前提が違いますね」で着地した。

前提が違う、という結論そのものは正しい。 問題は、その前提を最初に確かめずに標準トークを当て続けたことにある。

1. レバレッジとは、貸借対照表の右側を組み替えること

まず言葉の整理から。 レバレッジ(てこ)とは、他人のお金を混ぜることで、自分のお金に対する利回りを引き上げる技術のことをいう。

5億円の物件を買う場面で、貸借対照表がどう動くかを見る。 左側が「何を持っているか」、右側が「そのお金は誰のものか」である。

5億円の物件を現金で買う場合と4億円借りて買う場合の貸借対照表を並べた図。借入は純資産を増やさず、総資産と手元現金だけが膨らむ
図1: 借入は純資産を1円も増やさない。膨らむのは総資産と手元現金である

現金で買うと、手元現金5億円が不動産5億円に置き換わる。 総資産は10億円のまま、純資産も10億円のままだ。

4億円を借りて買うと、話が変わる。 自己資金1億円と借入4億円で5億円を払うので、手元現金は10億円から9億円にしか減らない。 総資産は14億円に膨らむ。 しかし右側を見ると、増えた4億円は全部「借入金」であって、純資産は10億円のまま動いていない。

ここが最初の分かれ目になる。 営業側が「大きな資産を持てる」と言うときの資産は、左側の総資産のことだ。 書き手が「資産総額の最大化が目的だと言った覚えはない」と返したのは、右側を見ればわかるとおり、借りても自分の取り分は1円も増えていないからである。

2. レバレッジは率を上げて、額を減らす

では、レバレッジには何の意味があるのか。 自己資金に対する利回り、つまりROE(株主資本利益率、自己資金1円がいくら稼ぐか)が上がる。

数字を置いてみる。 5億円の物件が、経費を引いたあと年2,500万円の純収益(NOI)を生むとする。利回りは5%だ。 借入は4億円、金利1.5%とする。

現金で買う場合と4億円借りて買う場合の年間手取りキャッシュとROEを並べた棒グラフ。ROEは5.0%から19.0%へ上がるが手取りは2500万円から1900万円へ減る
図2: レバレッジが上げるのは率であって額ではない。ROEは19%に跳ねるが、手元に残る現金は年600万円減る

現金で買えば、自己資金5億円に対して2,500万円。ROEは5.0%。 4億円を借りれば、自己資金1億円に対して 2,500 − 600 = 1,900万円。ROEは19.0%。

率は3.8倍になった。 その一方で、手元に入ってくる現金は年600万円減っている。

この関係は式にできる。

ROE = ROA + (ROA − 借入金利) × 負債 ÷ 自己資金
    = 5.0 + (5.0 − 1.5) × 4
    = 19.0(%)

式を見ると、レバレッジが効く条件がそのまま書いてある。 ROA(総資産利回り、ここでは5%)が借入金利を上回っている間だけ、右の項がプラスになってROEが上がる。 金利が5%を超えた瞬間、同じ式が逆に働いてROEはROAより下がる。いわゆる逆レバレッジである。

営業側は「レバレッジを使った方がいい」とだけ言い、この条件を口にしなかった。 書き手が「なぜレバレッジを効かせること自体が目的なの?」と聞いたのは、たぶんここが引っかかったからだ。

額を増やしたいなら、与信をもっと使うしかない

ここで営業側にとって有利な反論を1つ立てておく。 「浮いた4億円で同じ物件をあと4棟買えばいい。1,900万円 × 5棟 = 9,500万円で、額も増えるじゃないか」。

これは正しい。 レバレッジで額を増やすには、率が上がったぶんだけ回数を増やす必要がある。 そして回数を増やすということは、銀行から借りる総額が5倍になるということでもある。

つまり議論の焦点は、レバレッジそのものの善し悪しではない。 「その借入枠を、他にもっと良い使い道はないのか」に移る。

3. 与信は貸借対照表に載らない、有限の資源

書き手はこう返している。

無借金の不動産も複数ある。必要な時だけそれを担保に借りる方が自由度高くない?

これは与信(信用枠、銀行がその人に出せる融資の総額)の話をしている。 与信は貸借対照表のどこにも載らない。借りて初めて負債として現れる。 載っていないので忘れやすいが、無限ではない。

与信枠を横棒で表した図。借りていない状態では枠が丸ごと空いているが、4億円を借りると枠の4割が埋まり、次の案件に使えなくなる
図3: 与信は貸借対照表に載らないが、使えば減る。借りた瞬間に枠が埋まる

無借金の実物資産を持っている状態は、金融の言葉でいえばオプションを持っている状態に近い。 担保に入れればいつでも枠に換えられるが、換えるかどうかは自分で決められるし、換えないでいる間にコストは発生しない。 借りてしまうと、その選択の余地が消えて、利息だけが毎年出ていく。

「必要な時だけ担保に借りる」という言い方は、この権利を行使せずに持っておく、という意味である。

枠を空けておく費用はゼロ。借りた瞬間から利息が動き出す

「どうせいつか借りるなら、先に借りておいても同じでは」と思うかもしれない。 違うのは、費用が発生し始める時点だ。

枠を空けたまま持っておく費用はゼロである。 借りた瞬間から、使い道が決まっていなくても利息のメーターが回り始める。 4億円を金利1.5%で借りれば、寝かせているだけで年600万円が出ていく。

だから先に借りる意味があるのは、今その資金が要るときか、将来借りられなくなるおそれがあるときのどちらかだけだ。 手元に10億円あって銀行との関係も切れていない人は、そのどちらでもない。

無借金で持つことには、もう一段の効果もある。 抵当の付いていない物件は、必要になったときに担保として差し入れられる。 借りて買った物件は、枠を減らしたうえに担保余力まで先に使ってしまっている。 つまり「無借金で買う」は、温存が実際に成立するための条件になっている。

温存した枠は、結局どこで使うのか

買収そのものの資金だけではない。

  • 買収先が事業を回すための運転資金と設備資金。中小企業のM&Aでは、オーナーの信用が銀行融資の前提になることが多い
  • クロージングまでのつなぎ資金。案件はこちらの都合を待ってくれない
  • 買収後に業績が落ちたときの追加投入。ここで動けるかどうかが投資の生死を分ける
  • 交渉のカード。「現金で即決できる」は価格に効く

どれも「たぶん要る」であって「必ず要る」ではない。 使うと確定していないのに空けておくのが合理的なのは、保有そのものにコストがかからないからだ。 オプションは、行使しなくても持っていること自体に価値がある。

4. 同じ借金でも、乗るバランスシートが違う

ここまで読むと、矛盾があるように見えるかもしれない。 書き手の本業であるPEは、借入を使って会社を買う商売だ。 借金でレバレッジをかけること自体は、彼の本業のど真ん中にある。

矛盾しないのは、借りた金がくっつく先が違うからである。

不動産投資ローンと買収ファイナンスの対比図。不動産ローンは自分の貸借対照表に借入金が乗り、買収ファイナンスは買収先の貸借対照表に乗る
図4: 不動産ローンは自分に、買収ファイナンスは買収先にくっつく。減る与信も返す原資も別物になる

不動産投資ローンは、自分(または自分の持株会社)が借りて、自分が返す。 物件に抵当が付き、多くの場合そこに連帯保証も乗る。 だから自分の与信枠が、借りた額そのままぶん減る。

買収ファイナンスは、買収用に作った会社(SPC)が借りて、買収した事業のキャッシュフローが返す。 担保は買収先の株式と資産で、貸し手の回収は原則そこまでにとどまる(ノンリコース、あるいは限定リコース)。 自分の与信枠は、直接には減らない。

「借金が嫌い」なのではない。 自分のバランスシートに借金を置きたくない、というのが正確な言い方になる。 自分に付ける借金は自分の与信を食うが、買収先に付ける借金は買収先の返済能力で完結する。

ただし、これは教科書的な整理である。 中小企業のM&Aでは買い手に連帯保証や親会社保証を求められることも多く、その場合は自分の与信も同時に食う。 「絶対に減らない」ではなく「減り方が違う」と読むのが実務に近い。

5. 節税の話。減価償却は借入と関係なく効く

会話は途中から節税に移る。 5億円の物件を、土地3億円・建物2億円の中古RC(鉄筋コンクリート造)とする。

減価償却できるのは建物だけで、土地は1円も償却できない。 中古物件の耐用年数は、法定耐用年数の一部が経過している場合、次の簡便法で出す。

耐用年数 = (法定耐用年数 − 経過年数) + 経過年数 × 20%

RC造の住宅用建物の法定耐用年数は47年なので、築30年なら (47 − 30) + 30 × 0.2 = 23年になる。 建物2億円を23年で割ると、年約870万円。 法人実効税率を30%とすれば、税金は年約260万円減る。

一方、借入4億円の金利1.5%は年600万円。これも損金になるので、税金が180万円減る。 差し引き420万円は現金として出ていく。

5億円の物件を買ったときの税と利息の年間収支をウォーターフォールで表した図。減価償却の節税260万円は現金でも借入でも同じで、借入は支払利息の純負担420万円だけを足す
図5: 借入が足すのは利息だけ。減価償却は現金で買っても同じだけ効く

この図でいちばん大事なのは、いちばん上の行だ。 減価償却による節税260万円は、現金で買っても借りて買っても同じだけ発生する。 借入とは何の関係もない。

営業側は「借りた方が得ですか?」と聞かれて「ただ、減価償却がありますから」と答えた。 これは、借入の話をしていたはずが、借入と無関係な項目に話をすり替えている。 図にすると、借入が持ち込むのは下の2行だけで、年間の差引はプラス260万円からマイナス160万円へ、420万円ぶん悪化していることがわかる。

元金返済は損金にならない

図5は利息だけで組んでいるが、実際の融資には元金返済が乗る。 そして元金返済は経費にならない。

ここから、不動産投資でよく語られるデッドクロスという状態が生まれる。 借入期間の後半になると、経費になる減価償却費が年々小さくなる一方で、経費にならない元金返済の割合は大きくなる。 帳簿上は黒字で税金を払っているのに、手元に現金が残らない。 仮に23年で償却する建物に30年のローンを組めば、24年目以降は減価償却がゼロで元金返済だけが続く。

6. その節税は、免除ではなく繰延

減価償却の効果には、もう一段の裏がある。 費用に落とした金額のぶんだけ、建物の帳簿価額(簿価)は下がっていく。

5年保有すれば、870万円 × 5年 = 4,350万円が費用に落ちる。 建物の簿価は2億円から1億5,650万円になる。 土地3億円と合わせた簿価は4億5,650万円だ。

ここで、買ったときと同じ5億円で売ったとする。 売却益は 5億円 − 4億5,650万円 = 4,350万円。 減価償却してきた金額と、ぴったり同じである。

減価償却による税金の増減を年ごとに示した棒グラフ。5年間で毎年260万円ずつ減った税金が、売却した年に1300万円まとめて増える
図6: 減価償却は税金を消さない。払う時期を後ろへずらしているだけである

5年で1,300万円減らした税金は、売った年に1,300万円戻ってくる。 税率が変わらないなら通算はゼロで、動いたのは支払いのタイミングだけだ。 早く払うより遅く払う方が有利ではあるが(お金には時間価値がある)、それは「節税」と呼ぶには弱い。

個人が買う場合だけ、話が変わる

ではなぜ世の中で不動産が節税商品として売られているのか。 個人が買う場合には、繰延だけでは終わらないからである。

  • 保有中に出た不動産所得の赤字は、給与などの所得と損益通算できる。総合課税の限界税率は所得税と住民税を合わせて最大55%。
  • 売却は分離課税で、所有期間5年超の長期譲渡なら20.315%。

高い税率で落として、低い税率で戻す。 この税率差そのものが利益になる、というのが個人の不動産節税の正体だ。 法人には所得の区分がないので、この差は生まれない。

ただし、赤字が出なければ損益通算は始まらない。 この記事の数字だと不動産所得は 2,500 − 600 − 870 = 1,030万円の黒字なので、通算する赤字はない。 だから節税を売りにする商品は、築22年を超えた木造のように償却期間が4年しかない物件を使う。 償却費を大きくして意図的に赤字を作り、それを給与にぶつける設計になっている。

もっとも、この差を狙う手法には規制が入り続けている。 土地の取得に対応する借入利息は損益通算の対象から外れているし(租税特別措置法41条の4)、国外の中古建物については減価償却費相当の赤字が2021年分から通算できなくなった。 相続税評価額との差を使う手法も、2022年の最高裁判決で総則6項による否認が認められている。

会話の書き手は本業がPEで、主体はおそらく法人だ。 その相手に対して減価償却を主要な根拠に置くと、繰延の話しか残らない。

7. PE側の数字。営業権を5年で落とす

書き手はここで自分の土俵の数字を出す。

例えば5億で事業譲受して、純資産1億、税務上の営業権4億なら、5年償却で年間8,000万円

これは資産調整勘定のことを言っている。 一定の要件を満たす事業譲受で、払った対価が引き継いだ資産と負債の時価の差額(時価純資産)を上回る場合、その差額を資産調整勘定として計上し、60か月で均等に償却して損金に落とす(法人税法62条の8)。

5億円で買って時価純資産が1億円なら、差額は4億円。 5年で割って年8,000万円、税効果は年2,400万円、5年で1.2億円になる。

不動産の2億円の建物を23年かけて落とすのに対し、こちらは4億円を5年で落とす。 年間の償却額は約9倍だ。

ここで注意しておくと、この償却が使えるのは事業そのものを買った場合に限られる。 会社の株式を買う形(株式譲渡)では、税務上ののれんは生じないので償却できない。 書き手が「事業譲受」と書いているのは、この違いを踏まえているからだと思われる。

そして公平に言えば、資産調整勘定の償却も繰延の性格を持つ。 償却したぶん税務上の簿価が下がるので、後で売るときの益は増える。 節税の大きさだけを比べるなら、規模と速度が違うという話にとどまる。

本当の差は、次の出口の話にある。

8. 出口。値段の決まり方は同じで、動かせるレバーが違う

不動産の値段は、こう決まる。

価格 = 年間の純収益(NOI) ÷ 期待利回り(キャップレート)

会社の値段は、こう決まる。

企業価値 = EBITDA × 倍率(マルチプル)

割り算と掛け算で書き方は違うが、中身は同じだ。 期待利回り5%で割ることと、20倍を掛けることは等しい。 どちらも「1年の利益 × 何年分か」で値段が決まっている。

違うのは、その2つの数字を自分でどれだけ動かせるかである。

不動産と事業の値段の決まり方を左右に並べた対比図。式の形は同じだが、事業は利益も倍率も自分で動かせる
図7: 値段の決まり方は同じ。違うのは自分で動かせるレバーの数である

不動産の純収益を動かす手段は、賃料の改定、稼働率、管理費と修繕費の圧縮、リノベーションくらいに限られる。 どれも効くが、効き幅は数%から十数%だ。 そして期待利回りは、金利と市況が決める。自分では1ミリも動かせない。 だから5億円が6億円になるのを待つ、という形になる。

事業の場合、EBITDAを動かす手段は価格、原価、販管費、新規事業、チャネル追加と並ぶ。 さらに倍率そのものも、成長率を上げたり、社長個人への依存を外したり、業務をシステム化したりすることで押し上げられる。 EBITDA5,000万円の会社を10倍の5億円で買い、3年でEBITDAを1億円にできれば、同じ10倍でも出口は10億円になる。

不動産が+1億円、事業が+5億円。 この差は節税の差(1,300万円対1.2億円)よりずっと大きい。 書き手が「差が出るのは節税だけじゃなくて出口」と言ったのは、金額の桁がここで変わるからだ。

念のため書いておくと、事業の方がリスクも段違いに高い。 賃借人が退去しても建物は残るが、EBITDAが半分になった会社は企業価値も半分になる。 図7が示しているのは「事業の方が儲かる」ではなく「動かせるレバーの数が違う」ということである。

9. 機会費用。使わなかった選択肢にも値段がある

会話の終盤で、書き手はこう聞いている。

不動産で5億借りて、そのせいで良い買収案件に5億入れられなくなった場合の機会損失は?

機会費用(機会損失)とは、ある選択をしたことで手放した、次に良かった選択肢の価値のことだ。 会計帳簿には絶対に出てこない。出ていく現金がないからである。

2つの5億円は中身が違う

この会話には5億円が2回出てくるが、指しているものは別だ。

どちらの5億円か中身何を消費するか
不動産の5億円土地3億円+建物2億円の物件価格現金5億円、または現金1億円+与信4億円
買収の5億円EBITDA 5,000万円の会社を10倍で買う対価現金5億円、または現金+買収ファイナンス

元の投稿が金額をそろえているので比べやすいが、内訳は違う。 借りて不動産を買ったときに消えるのは、現金1億円と与信4億円であって、現金5億円ではない。

だから機会費用は「現金がいくら残ったか」では測れない。 現金と与信を足した、投じられる資本の総量がいくら減ったかで見る。 この2つは同じ在庫の別の蛇口で、どちらをひねっても在庫は減る。

不動産に5億円を投じて5年で+1億円、同じ5億円を買収に投じて3年で+5億円だとすると、不動産を選んだことの機会費用は差額の4億円になる。 これは「不動産で損をした」という意味ではない。 不動産単体では1億円のプラスであり、その判断は正しい。 それでも、より良い選択肢があったのなら、全体としては4億円ぶん貧しくなっている。

制約は2つある。現金と与信だ。 どちらも有限で、片方に使えばもう片方に使えない。 だから「不動産を買うか」ではなく「この現金と与信を何に使うか」という形で問いを立てる必要がある。

この議論が成り立つのは、自分の資本で買っている場合だけ

ここは前提を確かめておかないと崩れる。

一般的なPEファンドは、投資家(LP)から集めた資金で会社を買い、買収ファイナンスもSPCで組む。 その形なら、運用者個人の与信とファンドが使う資金は別のプールだ。 個人が不動産で与信を使っても、ファンドの買収にはほとんど響かない。 つまり「不動産に与信を使うと買収に困る」は、この場合には成り立たない。

成り立つのは、自分の現金と自分の与信で買っている場合、つまりファンドではなく自己資本で事業を買っている場合である。

元の投稿は「余剰資金で不動産を買う」「良い買収案件が出たら本業に資金を入れる」と書いているので、自己資本でやっていると読める。 その読みなら現金も与信もプールは1つで、機会費用の議論は通る。 ただし、投稿の記述だけでどちらの形かは確定できない。

10. 全体のIRRで見る、ということ

書き手はこう書いて締めている。

見るのは、不動産単体のROEではなく、税効果+キャッシュフロー+機会費用+与信+Exitまで含めた全体のIRR

IRR(内部収益率)は、その投資が実質何%で回ったかを表す指標だ。 将来入ってくる現金を割り引いて足したものが、最初に出した現金とちょうど釣り合う割引率を指す。 入金が早いほど、額が大きいほど高くなる。

不動産単体のROEを見るのと、全体のIRRを見るのとでは、判定が逆になることがある。 不動産のROEが19%でも、その与信を使ったせいで本業のIRRが数ポイント落ちるなら、全体では採らない方が良い。 逆に、本業の案件が今ないなら、寝ている現金を不動産に置くのは合理的だ。

書き手の資金の回し方は、この判定を毎回できるように組まれている。

本業で利益を出し、現金を厚く持ち、無借金で実物資産を買い、借入枠を温存して買収案件に備える資本の循環を6段の縦フローで示した図
図8: 借金が嫌いなのではなく、与信を本業のために温存している

4番目の「借入枠を使わずに残す」が、この循環の要になっている。 枠が空いていれば、良い案件が来たときにすぐ動ける。 枠が埋まっていれば、案件が来ても見送るしかない。 不動産は主戦場ではなく、本業が生んだ現金の置き場所として扱われている。

11. 営業側は間違っていたのか

「レバレッジを使うべきだ」という主張そのものは、多くの顧客に対して正しい。

年収1,200万円の会社員が5億円の物件を買いたいと思っても、手元に5億円はない。 その人にとって融資は、レバレッジをかける手段である以前に、入口そのものだ。 「融資を使わないのはもったいない」は、その層に向けた言葉としては妥当なのである。

外したのは、主張の中身ではなく手順の方だった。

  1. 相手の制約条件を確かめずに、標準トークを当て続けた。相手には現金も与信もあり、融資は入口ではなく選択肢の1つでしかない
  2. 「なぜ?」に対する答えが循環した。資産を増やせる → レバレッジが効く → 資産を増やせる、と戻ってきた時点で、根拠が主張の言い換えになっている
  3. 数字で聞かれた問い(「その『もったいない』を数字で説明して」)に、数字で返せなかった

3つ目がいちばん重い。 提案が「借りた方が得です」という形をとる以上、それは検証可能な命題である。 検証できない形でしか言えないなら、それは提案ではなく標語だ。

では、何と言えばよかったのか。 相手の土俵に乗るなら、こうなるはずである。

御社の買収案件のIRRは何%ですか。それを下回る年の余剰資金だけ、無借金で不動産に置きませんか。

これなら与信を1円も食わないし、本業の案件と競合しない。 書き手が自分でやっていることと、ほぼ同じ提案になる。

持ち帰れること

この会話は、不動産に限らず、何かを勧められたときの点検手順として使える。

  • その提案は、自分のどの制約を前提にしているか。現金がない人向けの話を、現金がある人に当てていないか
  • 「なぜ?」を3回聞く。3回目で最初の主張に戻ってきたら、根拠がない
  • 節税と言われたら、免除なのか繰延なのかを分ける。繰延なら、戻ってくるときの税率と時期を聞く
  • 借入の是非は「利回りが金利を上回るか」だけでは決まらない。その枠を他に使う予定がないかまで含めて考える
  • 出口で自分が動かせる変数を数える。待つしかない投資と、自分で押し上げられる投資は別物である

営業を受けていたはずが、途中から相手の提案を自分がデュー・デリジェンス(投資前の精査)していた、と書き手は振り返っている。 点検の中身は、突き詰めれば「どの数字がどう動くのか」を毎回聞き返しただけだ。

前提と注記

記事中の数字は、元の会話に置かれた条件をそのまま使い、計算過程を補ったものである。 実際の判断には個別の条件が効くので、そのまま当てはめないでほしい。

  • 法人実効税率は30%として計算した。実際には資本金の規模と所在地で変わる(東京都・資本金1億円超で約30.6%)
  • 建物2億円を23年で償却する場合、2億円 ÷ 23年 = 年870万円として扱った。税法上の定額法償却率(23年は0.044)を使うと年880万円になる。ここは元の会話の概算に合わせている
  • 築30年のRC造で耐用年数23年になるのは簡便法を適用した場合。取得価額の一定割合を超える資本的支出があるときなど、簡便法を使えない場合がある
  • 借入は利息だけで計算し、元金返済は含めていない。実際のキャッシュフローは元金返済のぶんだけ厳しくなる
  • 個人の長期譲渡(20.315%)は、譲渡した年の1月1日時点で所有期間が5年を超えている場合に適用される。買ってから5年ちょうどでは短期扱い(39.63%)になることがある
  • 事業譲受で資産調整勘定が生じるのは、法人税法上の非適格合併等に該当する場合に限られる。株式譲渡では税務上ののれんは生じない
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