松尾研のAX5ステップ — まずは全社でAX2まで到達する
この記事のポイント
- 松尾豊教授(東京大学松尾研究室)が内閣府 AI・半導体ワーキンググループで提出した「AX5ステップ」を、事務所や中小企業の視点で読み替える
- AX1(生成AI導入)→ AX2(社内データ連携)までは、企業規模を問わず「最低限の業務効率化」に到達するための起点
- 中堅〜中小の場合、AX2 に到達すれば「競争力の源泉」に届く。大企業〜中堅よりも短い距離で到達できる
- 手元で回している書籍横断RAGは、そのままAX2の実装例になっている。事務所単位でも、申告調書や稟議書を載せれば同じ枠が組める
AX5ステップの図
元の資料は松尾豊教授が内閣府AI・半導体ワーキンググループ(第1回、2026年4月)に提出したもので、日経新聞の経済教室(2026/4/3)でも取り上げられた。元資料の主眼は「日本の実質GDP成長率を最大年1.6%pt押し上げるにはAXを大企業だけでなく日本中の企業に広げる必要がある」という国家規模の話だが、この記事ではGDP側の議論には立ち入らない。事務所・中小企業として「どこまで進めればいいか」に絞る。
AX1 → AX2 が起点である理由
AX1は「生成AIを社員が触る、社内ルールを整える」段階。ChatGPT・Claude・Geminiを業務PCで使えるようにし、機密情報の扱いを決め、社員研修を回す。ここは大企業も中小企業もやることは似ている。
AX2は「社内データをAIに接続する」段階。RAG(Retrieval-Augmented Generation)で自社の文書・議事録・過去メール・顧客データを検索対象に載せる。エージェント的なワークフロー — たとえば「先月の売上上位10社を、過去のメールと合わせて要約して」に対して社内DB+メールAPIから引いて答える — に踏み込む。
AX1で止まると、社員は素の生成AIに自分の頭の中の情報を貼り付けて聞くスタイルになる。個人の入力に依存するので、部門や会社としての知的資産にはならない。AX2まで進んで社内データと接続して初めて「この会社に固有の答え」を出せる。
手元での実装 — 書籍横断RAG
私はブログ運営の傍らで、裁断した書籍をOCRしてTurso(クラウドSQLite)に格納し、Claude Codeから自然言語で問い合わせる自分用RAGを回している。
「減損の会計処理について、手元の実務書から要点を横断で拾って要約して」と頼むと、複数の書籍から該当章節を引いて答える。SQLは私が書かない。日本語で聞いて、Claude Codeが裏でDBを叩き、該当箇所を集めて要約まで返す。これはそのままAX2の実装例になっている。
事務所単位でやるなら、書籍の代わりに過去の申告調書・稟議書・顧客への説明資料・チェックシートを同じ枠に載せることになる。個人事務所でも、担当替えのたびに引き継ぎに時間がかかっていた業務が、事務所単位のナレッジベースに置き換わる。
中堅〜中小ほどAX2が効く
図の右2列を見ると、企業規模ごとの意義に非対称がある。
- 大企業〜中堅: AX2までは「最低限の業務効率化」にとどまる。「競争力の源泉」に到達するのはAX4(独自AI開発)から
- 中堅〜中小: AX2に到達した時点で「競争力の源泉」に届く
つまり規模が小さいほど、AX2到達だけで先行組になり得る。理由は明快で、大企業はAX2で連携するデータ量が膨大で、それだけでは意思決定の質を変えるほど深くは踏み込めない。中小企業は社内データの絶対量が限られるぶん、RAGで全社データを検索対象に載せるのがそもそもやりやすい。「大企業向けの話」と見誤って手をつけないのは、この非対称を捨てることになる。
税理士事務所の場合、AX1(税理士がChatGPTを触る、機密情報ルールを決める)だけで止まっているところは多い。ここからAX2に進むと、過去の申告書・調書・議事録・チェックリストがまとめて検索・要約の対象になる。中小企業でも、稟議書・営業日報・過去見積・請求書を同じ枠に載せられる。
AX3以降は継続の話
AX3(AIを前提に業務プロセスそのものを刷新)、AX4(自社固有AIを開発)、AX5(業界の基盤モデル構築、サプライチェーン横断展開)は、大企業〜中堅の主戦場になる。事務所・中小企業がここまで自前で進める必要はない。
ただし、AX3の考え方 — 「AIを前提に業務プロセスを設計し直す」 — は事務所レベルでも下敷きになる。「AIが対応できる作業はAIに、人間が判断する場所を絞る」という設計原則。私は日々の記事執筆・データ更新・レビューをClaude Codeで回しているが、これは「AIが対応できる作業を最初からAI前提で組み直した」結果で、AX3の縮小版として動いている。
まとめ
- AX1 → AX2 は全企業向け。事務所・中小企業も例外ではない
- AX2に到達すると「社内固有データを検索・要約できる」状態になる。中堅〜中小では、これだけで「競争力の源泉」に届く
- 手元の体感でも、AX2のRAGが業務効率の質を変えた。書籍横断検索・過去記事横断検索・財務データ横断検索は、いずれもAX2到達の副産物
- AX3以降は大企業〜中堅の話が中心だが、AX3の「AI前提の業務プロセス設計」は事務所単位でも下敷きにできる
出典: 日経新聞 経済教室 2026/4/3、内閣府 AI・半導体ワーキンググループ(第1回)松尾構成員提出資料