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結論

スマートグラスに同時翻訳が載って全員が装着する時代は、ほぼ確定路線だと思っている。であれば、20歳の自分の子供、あるいは20歳の頃の自分に伝えたい結論はひとつだ。

英語の体系的学習はやめていい。代わりに、会計を深く、ITの基礎を下地として、そしてAIと対話する型を持て。退化していく能力は過剰に恐れなくていい。

結論サマリ:英語をやめて、会計とIT基礎とAIとの対話の型を選ぶ

以下、なぜそう言えるかを順に書く。状況(スマートグラスの時代)→解釈(AI出力を捌く力が要る)→行動(何を学び、何を捨て、どう適応するか)という流れだ。

状況:英語の必須性が薄れる

全員がスマートグラスつけて同時翻訳・同時通訳の時代が来るのは確定してるのに、今から英語を学ぶ必要性には疑問よね。

これは今朝、自分がAIに向かって音声入力した発言だ。

デバイスが間に入る世界では「聞けない」「言えない」という壁はほぼ消える。相手が日本語を話してくれなくても、自分が日本語で言えば相手の母語で届く。相手が英語で話せば自分の母語で聞ける。両方がデバイスを持っている前提だが、そういう世界に5年か10年で近づいていく。

もちろん英語を喋れた方がいいに決まっている。ただ、必須スキルからは外れる。昔の「英語・会計・IT」の三種の神器のうち、英語の地位が下がる。

英語が三種の神器から外れ、「AIと対話する型」が入ってくる

解釈:代わりに「AIの出力を捌く力」が要る

AIは大量に出してくる。そのまま読み流すと、何も残らない。受け止めて、自分の中で構造化して、飲み込んでいいか悪いか処理する。これをやらないと、AIと組んで仕事した気にだけなって、何も自分の中に蓄積されない。

これって結構簡単にできそうで、意外とできないっていうことが最近なんか分かってきたんで、私の経験から見ても。

なぜ「意外とできない」と言えるか。

自分は前職で再生コンサルティングをやっていて、コンサルタントとしてアウトプットを出して這い上がっていける人と、いけない人を何度も見てきた。クライアントの会社が這い上がるかどうか、ではなく、コンサルタント側の話だ。何が違うか。抽象的に考えて、それをアウトプットに表現できるかどうか、ここが結構違う。構造的にそれができない人がいるという感触を、同業の中で何度も持った。

AIの出力を捌くことも、同じ筋肉を使う。膨大な情報を抽象化して、構造化して、自分の言葉でアウトプットする。これがいまの時代、どんな仕事をするにしても要求される基礎体力になる。

行動①:何を学ぶか — 会計を深く、それ以外は感覚で

抽象化と構造化を鍛えるための土台は、よく言われる5教科に近い。ただし「全部体系的にやれ」とは言わない。優先順位と深さの取り方が大事だ。

会計だけは体系的に、数学物理化学経済は感覚で、法律は都度学ぶ

会計だけは体系的に。資本主義の中で生きていく以上、会計の数字が読めない、何が起きているか分からない、ストックオプションも理解できないという状態は、得られるチャンスを取り逃がす。

特に株式投資は、極論すれば買うか売るかの2択しかない。会計数字を見て、財務DDや事業DDを自分でやって判断できれば、お金に困ることはそうそうない。ここは早めにやった方がいい。

数学・物理・化学・経済は、桁感覚と違和感が拾える程度で足りる。AIがプログラムを書いてくれて、計算もしてくれる。難しい問題を自分の手で解ける必要はない。求められるのは、AIが出してきた結果が妥当か感覚で分かるレベルだ。自分も難しい数学はほとんど解けない。それでも仕事は回っている。回っている理由は、結果の妥当性に違和感を持てる程度には、抽象的・概念的な感覚を持っているからだ。

法律は体系より「都度都度学ぶ姿勢」。日常生活で騙されないために、法律は知っておく必要がある。ただし六法全書を体系的に読む話ではない。何か契約する、何かトラブルが起きる、その都度学ぶ姿勢の方がよほど大事だ。

行動②:ITだけは下地として要る

ここまで「英語は外れる」「会計は深く」「数学・物理・化学・経済は感覚で」と書いてきた。ただし、ひとつ前提として書き忘れていたことがある。ITの基本作法だけは、下地として要る。

AIと対話する型を持つには、スラッシュコマンドを叩く、ファイルを開く、Gitで履歴を扱う、GitHubに作業内容を残す、こういったソフトウェアを操作するスキルが必要になる。ここがないと、AIに頼みたくても頼む土俵に上がれない。

こうした基本的な作法は覚えておいた方がいいですし、今後もどんどん便利なソフトウェアが出てくるでしょう。そういったソフトウェアを使って、変わっていく未来にうまく適応していくことが重要だと思います。

英語は外れる。だが「英語・会計・IT」の三種の神器のうち、ITは残る。むしろAIと協働する世界では、ITの作法を持っているかどうかが、入り口の差になる。

行動③:自分は退化している、でもそれでいい

ここまで「AIを捌くために脳を高めろ」と書いてきた。ただ正直に言うと、自分自身は最近、脳の出力と入力を最大限に高められていない。むしろ退化している自覚がある。

例えば漢字。キーボードしか打っていないので、漢字を手で書く能力はだいぶ落ちた。実際にほぼ書けなくなっている。だが、キーボードで変換すれば、どの漢字かは選べる。手で書く能力は失ったが、正しい漢字を選び取る能力は残っている。

体で覚えちゃってることをやらないと忘れるんですけど、それは別の手段で一応実現はできているから、そっちで別にいいんじゃないかと思ってる

これが本音だ。スラッシュコマンドやスキルに作業を定義して、AIと協働する形が、いま自分が選んでいるモードだ。「個の脳を鍛え抜く」のと「AIと協働して総体としての処理能力を上げる」は、別の道だ。自分は後者を選んでいる。

個の能力を鍛え抜く道と、AIと協働して総体を上げる道

脳の対価をどう測るかは正直よく分かっていない。ただ、いまのAIの流れの変化に自分を適応させる方が合理的だとは思っている。

後者の道を選ぶには、ひとつ条件がある。AIに丸投げするのではなく、対話の型を持つことだ。

この記事自体が実例になっている。音声で大雑把に思っていることを話す → AIに質問を投げ返してもらう → 答える → さらに深掘ってもらう → 構造化された文章に落ちる。一人で考え込んでいたら、ここまで言語化できなかった。

子供へ/20歳の自分へ

  • 英語は無理してやらなくていい。喋れたら強いが、必須ではなくなる
  • 会計は早めにやれ。特に投資判断ができるレベルまで上げると、人生の自由度が変わる
  • 数学・物理・化学・法律・経済は、桁感覚と違和感を拾える程度でいい
  • ITの基本作法(Git・GitHub・ソフトウェアの操作)は下地として最低限身につけよ。AIに頼むにも土俵は必要だ
  • そしてAIと対話する型を持て。一人で考え込むより、対話で深掘りした方が遠くまで行ける
  • 自分の脳が退化していくことを、過剰に恐れなくていい。失った能力が別の手段で補えているなら、それは退化ではなく適応だ