AnthropicのS-1を読む③リスク要因(法規制・ガバナンス・株式編)
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Anthropic, PBC が 2026-10-26 に SEC へ提出した Form S-1(IPO の仮目論見書)のうち、Risk Factors(リスク要因)の後半、目論見書の p.87〜p.120 を扱う。原典は Anthropic, PBC Form S-1(SEC EDGAR)。
シリーズの全体像は AnthropicのS-1を読む①総覧 にまとめている。
この範囲の結論を先に書く。
- 学習データの著作権は未決着の論点で、Anthropic 自身は Bartz 集団訴訟を 15億ドルで和解済みである。音楽出版社や Reddit との訴訟も係属中で、他社の判決が業界全体の前例になるリスクも明記している。
- 規制面の具体例として、2026年6月に米商務省が Fable 5 と Mythos 5 に全世界向けの輸出制限をかけ、全顧客への提供を一時停止した事実が書かれている。
- ガバナンスは「前例のない構造」と自ら認めている。LTBT(長期利益信託)が Class T 株で取締役の過半数を選び、創業者の Founder LLC が Class F 株1株で 議決権の50.1%を固定で持つ。Class A 株主は、原則として株主総会の結果を左右できない。
- PBC(パブリック・ベネフィット・コーポレーション)として、株主の金銭的利益よりも会社目的を優先する判断があり得ると明言している。自律型兵器と大規模監視への利用禁止、画像・動画生成モデルを作らない判断がその例である。
- 株式面では、Amazon と Google が保有する無議決権の Class N 株、ロックアップの2段階の解除時期、共同創業者による「個人持分の80%を寄付する」誓約が、将来の売り圧力になり得る。
プライバシー、サイバーセキュリティ、知的財産のリスク(p.87–97)
学習への著作権法・オープンソースライセンスの適用は不確実(p.87–88)
- 現代の AI モデル学習に著作権法の諸原則やオープンソースライセンスの契約解釈をどう当てはめるかは、米国内外の裁判所でまだ確定的な判断が出ていない。
- Anthropic は、学習データの利用・取得が著作権法上の「フェアユース(公正利用)」に当たると善意で信じている、と述べる。ただし米国外の多くの法域にはフェアユースの概念がなく、類似の例外規定に頼るしかない。
- 裁判所がこの見解を否定した場合、たとえば Bartz 事件(後述)の論理を採用した場合には事業に悪影響が出る。
- 他の AI 開発企業の訴訟で不利な判決が出ると、事実関係や Anthropic のデータ慣行が違っていても、業界全体に効く前例になり得る。結果として、学習データへのアクセス制限、抗弁の範囲の縮小、新たなライセンス義務が生じるおそれがある。
- フェアユースに頼れなくなれば、ライセンス料の支払いが必要になる。さらに差止命令によって、問題のデータで学習したモデルの利用・配布が制限されたり、モデルをゼロから学習し直す必要が生じたりする可能性がある。
プライバシー・データ保護法の複雑さ(p.88)
- EU の GDPR(一般データ保護規則 2016/679)をはじめ、各国の法令は調和しておらず、重複・矛盾することもある。原告側弁護士や州司法長官が AI 企業へのプライバシー関連の請求を続けており、同種の紛争が Anthropic に及ぶ可能性がある。
- モデルの学習・改善・推論に関連して、データの利用が義務に反するとの主張や運用上のミスに「直面したことがある」と過去形で書いている。
AI 安全のための個人データ・センシティブデータ処理(p.88–89)
- AI 安全の取り組みには個人データやセンシティブデータの処理が必要な場面があり、その分の規制対応と事故時の訴訟リスクを負う。AI 安全を想定していない法令がこの領域に適用され始めている点も挙げている。
セキュリティ侵害(p.89–92)
この節は分量が多く、具体的な脅威の記述が目立つ。
- 国家や国家支援の主体によるものを含め、フィッシングなどのサイバー攻撃を「過去に受けた」と明記している。モデルの重み(学習済みパラメータ)や中核の知的財産はスパイ活動の価値の高い標的で、フロンティア AI 企業は海外情報機関の優先標的だと研究者が指摘している、と書く。
- 高度な脆弱性発見能力を持つ Mythos を狙った攻撃があり得るとし、同等の攻撃能力を持つ AI を相手が手にすれば防御が追いつかないおそれにも触れる。防御に既知の穴を抱えたまま運用した期間が「過去にあった」とも認めている。
- 重みが流出すれば、相手は研究投資を飛び越えて競争優位を奪え、安全機構の外でモデルが使われて国家安全保障上の懸念にもつながる。
- 内部脅威として、偽の身元で採用に応募する人物の標的になってきたこと、入社後の社員の買収・脅迫、リモートワークや外部ベンダー依存による監視の限界を挙げる。一部の法域では、社員やデータセンター運営者が当局への協力を強制され、Anthropic への通知も禁じられ得る。
- AI 固有の攻撃として、プロンプトインジェクション、API への体系的な問い合わせによるモデルの複製、敵対的入力、学習データの汚染、CI/CD パイプラインへの悪意あるコードの混入を列挙する。対策の誤検知で正当なユーザーを遮断するリスクもある。
- エージェント製品は外部ツールや API とやりとりするため、従来型 AI と違う攻撃面を持つ。改ざんされた外部データや乗っ取られたセッションを通じて、コード実行・送信・取引といった現実の行動が引き起こされ、複数顧客に同時に波及し得る。
- ハルシネーション(もっともらしい誤出力)を含む欠陥をデプロイ後に見つけたこと、AI(自社モデルを含む)でサイバー攻撃が増幅されたことが「過去にある」。サプライチェーン攻撃、データセンターへの物理的侵入、単独では軽微な事故の積み重ねにも触れている。
- 規制上の報告義務として、EU では GDPR の監督当局への通知、NIS2 指令(2022/2555)による段階的な報告、そして EU AI Actによるシステミックリスクを持つ汎用 AI モデル提供者の重大インシデント報告(AI Office と所管当局へ、遅滞なく)がある。今後は高リスク AI システムの提供者・導入者にも報告義務が及ぶ。
- 米国では連邦・州のデータ侵害通知法(例: ニューヨーク州 SHIELD 法)に加え、フロンティアモデル提供者に特化した州法として、ニューヨーク州の RAISE Act と California Transparency in Frontier Artificial Intelligence Act を挙げている。
- サイバー保険は加入しているが、市場が変化しており、十分な補償を商業的に妥当な条件で得られない可能性がある。
Web からの自動データ収集(p.92)
- 学習データの源泉は、インターネット上の公開情報、第三者からライセンス・委託で得たデータセット、自社モデルが生成した合成データである。事前学習と事後学習の両方で使う。
- 公開情報の収集にはスクレイピング・クローリング、書籍のスキャンなどを使う。robots.txt やペイウォール・ログインといった技術的措置を守るよう努めているが、常に成功するとは限らない。
- 学習データの出所や管理の記録が不十分だと、規制当局への説明や訴訟の証拠開示に対応しにくくなる。投資家や買収候補のデューデリジェンスで懸念材料にもなる。
- 具体例が Reddit, Inc. v. Anthropic PBCである。Reddit は、Anthropic が同社プラットフォームの投稿に不当にアクセスしたと主張している。Anthropic は 2025年7月3日に連邦裁判所への移送を申し立てたが、2026年3月30日に州裁判所へ差し戻された。訴訟は係属中である。
- 和解の場合、特定のスクレイピング手法の使用中止や代替技術の開発を求められる可能性がある。
契約経由で取得するデータ(p.93)
- 顧客・ユーザー提供のデータや、契約に基づき第三者から得るデータについて、Anthropic 側または提供元に十分な権利がなかった場合、法的請求や契約責任を負う。機能制限、データの分離、モデルの再学習が必要になり得る。
第三者からの知的財産権侵害の請求(p.93–94)
この範囲で最も具体的な訴訟情報が並ぶ項目である。
- 学習には第三者の著作物や商標を含む素材を使っており、権利者から訴えられる可能性がある。さらに、モデルの出力が第三者の著作物を侵害する、または侵害を助長するという請求も受けている。
- Bartz, et al. v. Anthropic PBC(以下 Bartz)は著作権侵害の集団訴訟で、2025年9月に 15億ドルで和解に合意し、2026年7月に連邦地裁が和解を承認した。
- 音楽出版社による歌詞の著作権侵害と著作権管理情報の不正除去をめぐる訴訟として、次が挙がっている。
- Concord Music Group, Inc., et al. v. Anthropic PBC
- Concord Music Group, Inc., et al. v. Anthropic PBC et al.
- BMG Rights Management (US) LLC v. Anthropic PBC
- Round Hill Music LP, et al. v. Anthropic PBC
- Sony Music Publishing (US) LLC v. Anthropic PBC et al.
- ほか
- 加えて Reddit, Inc. v. Anthropic PBC(前項)。一部の法制度では法定損害賠償(実損の立証なしに認められる賠償)があり、リスクを大きくしている。Anthropic は抗弁に理由があると考え、争う姿勢である。
- 特許侵害の請求も受けている。競合の中には Anthropic よりはるかに大きな特許ポートフォリオを持つ企業があり、クロスライセンスや対抗主張が難しくなる可能性がある。
- 補償義務の重さも書かれている。一部の契約では、モデルやその出力が第三者の知的財産を侵害したとの請求について、Anthropic が 上限なしで相手方を防御・補償する義務を負う。外部の評価者・テストベンダーとの契約にも、知的財産侵害を含む一定の請求について上限なしの補償条項がある。
自社の知的財産の保護(p.94–95)
- 商標・著作権・特許・営業秘密と契約で保護しているが、モデルの重みや学習データにアクセスできる現役・元社員の持ち出しは、守秘契約や社内統制で防げない可能性がある。
- 第三者による権利侵害は「過去にあった」。権利行使の訴訟では反訴で権利の有効性を争われたり、証拠開示で機密が漏れたりするおそれがある。
- 特許は取得済みと出願中のものがあるが、成立や範囲の保証はない。米国の出願は一定期間公開されないため、知らずに他社の出願中技術を使うリスクもある。
- 同一・類似の商標を第三者が取得して権利行使を試みた例や、商標出願に異議を出された例がある。商標を失えばリブランドを迫られる。
オープンソースソフトウェアの利用(p.96)
- 一部のオープンソースライセンスは、ネットワーク経由で提供するソフトウェアのソースコード公開を求める。
- Claude Code を含む自社の AI ツールを自社のソフトウェア開発に使っていることがリスクを高めると明記している。AI が生成したコードにオープンソースのコードが紛れ込むと、コピーレフト(派生物にも同じライセンスを課す条項)による自社コードの公開義務が知らないうちに発生し得る。同様の懸念から、企業顧客が製品の利用を控える可能性もある。
- ライセンスの種類は増えているが、裁判で争われたものはほとんどない。保証もなく、未知の脆弱性を含む可能性もある。
第三者技術のライセンス(p.96–97)
- 第三者からライセンスを受けた技術を製品に組み込んでいる。ライセンスを維持できない、技術が使えなくなる、ライセンサーが他者の権利を侵害していた、といった場合に代替が間に合わない可能性がある。一部のライセンスは期限付き、または相手方から解約できる。
外部ベンダーへの依存を減らすことによる紛争(p.97)
- 従来ソフトウェア・サービス・インフラを提供していたベンダーを、自社開発やパートナー製のソリューションで置き換えたり依存を減らしたりしている。ベンダーがこれを不利益と受け止め、契約違反、知的財産侵害、営業秘密の不正使用、不法行為的な契約妨害、不正競争などを主張してくる可能性がある。
他社出身の社員による営業秘密の不正使用の請求(p.97)
- AI 人材の獲得競争の中で、競合などの出身者を採用しており、逆に自社の社員も競合へ移っている。故意の不正がなくても、前職の営業秘密を不正に使ったとの請求を受ける可能性がある。
法務・規制のリスク(p.98–105)
訴訟・調査・行政命令など(p.98–99)
- 知的財産、労働、競争法、プライバシー、消費者保護など幅広い分野で、請求・訴訟・仲裁・政府調査・行政命令の対象になっている。
- エージェント型 AI が自律的に行動するにつれ、製造物責任、代理(エージェンシー)、過失といった前例のない責任論を突きつけられる可能性がある。
- ヘルスケア・ライフサイエンス向けの提供を広げると、医療規制の対象と判断されて認可や提供制限が必要になる可能性がある。誤出力が患者への害につながれば、患者を含む第三者から請求を受け得る。
- 競争法(独占禁止法)のリスクを独立して詳しく書いている点が目立つ。AI 安全や開発ペースの抑制を公に唱えること、業界団体や安全性の協力・標準化に参加することが、シャーマン法1条(カルテルなどの共同行為を禁じる条文)上の共同行為とみなされるおそれがある。
- 実際に 2026年9月、Anthropic と他のフロンティア AI 開発企業を被告とする集団訴訟(クラス認定前)がカリフォルニア州北部地区連邦地裁に提起された。被告らが AI モデルの開発・改善のペースを落とすことで競争を制限することに合意した、という主張である。原告は被告各社の有料消費者向けサブスクリプションの購入者を代表すると称し、3倍賠償と差止めを求めている。Anthropic は請求に同意せず、争う方針である。
- Anthropic は、米政府や他のフロンティア開発企業と組んで、能力開発のペースを含む安全基準を作ることを提案し、その協力には競争法の狭い適用除外やセーフハーバー(免責規定)が必要かもしれないと示唆してきた。これには政治家から「反競争的」との公然とした反対が出ている。適用除外が実現する保証はなく、こうした提言や他社との安全面の約束自体が規制・訴訟リスクになる。その結果、公的な提言や業界の安全イニシアティブへの参加を控える必要が生じれば、ミッションにとって重要な協調的アプローチが取りにくくなる。
- 訴訟の引当金の算定は主観的判断を伴う。Bartz のように、抗弁に理由があっても和解を選ぶことがある。保険については「Bartz と同様に(as in Bartz)全額をカバーしない可能性がある」と書いている。
- 取引先や現・元取締役・役員のために補償や訴訟費用を負担する義務もある。
腐敗防止・贈賄防止・マネーロンダリング防止法(p.99–100)
- 米国の海外腐敗行為防止法(FCPA、1977年)、英国の贈収賄法(Bribery Act 2010)などに服する。
- 販売やロビー活動で仲介業者・代理人を使い、国有企業を含む政府関係者と直接・間接に接点を持ってきた。第三者の違法行為について、明示的に承認していなくても責任を問われる可能性がある。米国外の売上が増えるほどリスクは高まる。
輸出入管理・制裁など貿易規制(p.100–101)
- 製品は米国の輸出管理の対象で、商務省の輸出管理規則(EAR)、限られた場面では国務省の国際武器取引規則(ITAR)の規制を受け得る。モデルの能力が急速に変わり、AI 技術の輸出管理上の扱いも発展途上のため、分類そのものが不確実で、今後も変わる可能性が高い。
- 技術やソースコードには、輸出・再輸出・国内移転に加え、特定国籍の個人が米国内でアクセスする場合にも許可が要るものがある。暗号化技術の利用や、将来のモデルが輸出管理対象のソフトウェアを生成し得ることも許可要件の理由になり得る。
- 市販のモデルは通常は許可なしで輸出できるが、一部は許可が必要で、場面によっては ITAR 上の防衛役務の輸出に当たり得る。
- 実際に起きた事例として、2026年6月に米商務省が Fable 5 と Mythos 5 に全世界向けの輸出制限を課した。Anthropic は規制順守のため、全顧客に対して Fable 5 と Mythos 5 を無効化した。他のモデルへのアクセスには影響がなかった。その後、米政府と業界パートナーと連携して安全対策を更新し、商務省が制限を解除した段階で両モデルを再展開した。
- 同様の規制は再発し得るし、より長く続いたり、他のモデルや能力に広がったりする可能性もある。安全対策の更新で解除を得られる保証はなく、同じ期間で解除されるとも限らない。2026年6月の制限や将来の制限は、人材採用、既存社員の活用、モデル改善、国際展開を制約し得る。同様の制限を受けない競合に顧客と市場シェアを奪われる可能性も書いている。
- 経済制裁にも服する。米国法は、敵対国と指定された国に由来する、または関係するハードウェア・ソフトウェア・サービスの利用を制限・審査する権限を政府に与える方向にあり、データセンターや計算インフラのサプライチェーンにも及ぶ。調達先の選択肢が狭まり、インフラ計画の遅延やコスト増につながり得る。
- 対策として、グローバル貿易ポリシーと対応地域ポリシー、IP アドレスによる地域遮断、取引制限対象者のスクリーニング、利用規約・ベンダー契約への条項組み込みを行っている。ただし統制は「常に十分に機能してきたわけではなく」、違反の自主申告を当局に行ったことが過去にある。第三者が統制を回避してアクセスしようとした事例もあった。
- ロシアのウクライナ侵攻後にロシア、ベラルーシ、ウクライナの一部地域に科された制裁と輸出管理を例に、制裁の拡大が米国外の顧客の利用減少につながり得るとしている。
国際展開に伴うリスク(p.102–104)
- 米国本社で、英国、EU、カナダ、アジア太平洋などに子会社・拠点を持つ。今後の成長は米国外への展開に一部依存する。
- 列挙されたリスクのうち具体的なものは次のとおり。
- 司法省(DOJ)の最終規則(2025年4月施行)により、中国その他の指定国に所在する、または関係を持つパートナー・委託先・ベンダー・従業員・投資家への特定データの移転が制限・禁止される。既存契約の見直しや、委託先から再移転しない約束を取り付ける必要が生じ得る。
- EU AI Act、NIS2、EU デジタルサービス法、英国オンライン安全法 2023、EU データ法など、AI・データ・デジタルサービスの規制は変化が速く、違反時の制裁も重い。
- 雇用代行(EOR: 外部業者が現地の雇用主となる仕組み)が現地の労働・税法に適合しないおそれや、現地子会社の設立・認可の遅れが採用を遅らせること。
- そのほか、当局によるアクセス強制、ローカライズ費用、回収期間の長さ、現地企業優遇、知的財産保護の弱さ、為替、資金移動の制限、税制変更など。
- 外国直接投資(FDI)審査の強化で、投資の受け入れ、米国外でデータセンターを建設・運営するパートナーへの投資、海外の技術・企業・人材の取得が制約され得る。
- 米政府は AI 企業と中国国家主体との関係への監視を強めている。将来の大統領令や立法で、中国に関係する顧客へのサービス提供が制限される可能性がある。米中対立の激化や、国家主体による技術の不正利用を防げなかった(と見られた)場合には規制措置や評判の悪化を招く。
ESG をめぐる期待と規制(p.104)
- AI の電力消費、水の大量消費、半導体製造に使う重要鉱物・レアアースへの依存に関心が集まっている。カリフォルニア州の気候関連開示法、EU の企業持続可能性報告指令(CSRD)・デューデリジェンス指令(CSDDD)、英国の SECR(エネルギー・炭素報告)への対応にも資源がかかる。
- 一方で米国では連邦を中心に反 ESG の動きが強まり、ESG 寄りの施策が訴訟や反トラスト調査の対象になるおそれもある。
決済処理(p.104–105)
- 有料サブスクリプションのカード決済で、偽の身元によるアカウント作成や盗まれたカード情報の利用といった不正を「経験している」。チャージバック手数料や決済事業者からの罰金などの損失が出ており、補填されない可能性がある。
- カード保有者の本人確認はオンラインで集めた情報以上には行っていない。チャージバックが過大になれば、カード決済の停止に至る可能性もある。
税務・会計のリスク(p.105–108)
税法の変更・適用(p.105–106)
- インターネット経由のサービスに対する所得税・売上税などが新設・改正され、遡及適用される可能性がある。
- 米国外での採用や EOR 業者の利用、データセンターなどのインフラ活動により、各国で恒久的施設(PE: 課税対象となる事業拠点)が「生じたことがある」。現地法人の設立前に、既存法人を通じた暫定的な契約で国際的な計算資源・インフラ関連の意向表明書やリース契約を結んでおり、これを現地法人へ移せない場合、PE 認定や回収できない付加価値税(VAT)が重くなり得る。
- これまで所得税の支払いは、一部の法域での重要でない金額を除いて生じていない。
- OECD が推進する 15%のグローバル・ミニマム課税は EU の一部などで国内法化されている。2026年1月5日に OECD は、選択した米国親会社の多国籍企業グループを、2026年1月1日以降に開始する事業年度について一部規定から除外する「side-by-side」の選択的セーフハーバーを公表した。
売上税等の徴収義務(p.106)
- いくつかの法域で売上税を徴収している。新たに徴収義務を課されたり、遡って徴収漏れを指摘されたりする可能性がある。一部の法域ではデジタルサービス税(売上総額にかかる税)が導入されている。
繰越欠損金(NOL)の利用制限(p.106)
- これまで多額の純営業損失(NOL)を計上してきた。
- 内国歳入法 382条・383条では、「5%株主」の持株比率が過去3年間で50ポイント超増えると「所有権の変更」とされ、変更前の NOL の年間利用額が制限される。Anthropic は過去に所有権の変更を経験しており、今回の IPO でも起こり得る。
- カリフォルニア州などは NOL の利用を停止・制限している。2017年12月31日より後に始まる課税年度に生じた連邦 NOL は、所有権の変更の有無にかかわらず、各年の課税所得の80%までしか相殺できない。
法人構造と移転価格(p.106–107)
- グループ内取引は各国の移転価格ルール(独立企業間価格の原則)に服する。税務当局が知的財産の評価やグループ内サービスの価格に異議を唱えれば、追加の税・利息・罰金、二重課税が生じ得る。現地子会社の設立前に米国法人が結んだインフラ関連契約は、回収できない間接税を生む可能性がある。
重要な会計上の見積り(p.107)
- 収益認識、株式報酬、普通株式の評価、転換社債・デリバティブ負債・SAFE(将来株式取得契約)の公正価値、リース、法人税、偶発損失などが判断を要する。複雑で前例の少ない取引により、特定の資産や事業体の連結が必要になる可能性もあり、業績のブレにつながる。
開示統制と財務報告に係る内部統制(p.107–108)
- 上場後は取引所法、サーベンス・オクスリー法(SOX 法)、Nasdaq Global Select Market の上場基準に服する。
- 財務報告の基礎となるデータの処理・保管を販売パートナーなど第三者に頼っており、その統制の監査や是正には限界がある。
- 現時点では SOX 法404条の評価義務はなく、経営者による内部統制の有効性報告は 2回目の年次報告書(Form 10-K)から必要になる。
金利と為替(p.108)
- 多額の現金・投資の相当部分が変動金利型で、金利低下は運用収益を減らす。
- 売上は米ドル、ユーロ、英ポンド建てである。ドル高は米国外の顧客にとって実質値上げになる。
ガバナンス構造のリスク(p.108–115)
先に株式の種類を整理しておく。いずれもこの範囲の原文の記述に基づく。
| 種類 | 保有者 | 議決権 | 経済的権利 |
|---|---|---|---|
| Class A | 一般投資家など(今回の公開株) | 1株1票 | あり |
| Class T | LTBT(1株) | Class T 取締役(取締役会の過半数)の選任・解任 | なし |
| Class F | Founder LLC(1株) | 株主総会の一般議案で常に議決権総数の50.1% | この範囲に記載なし |
| Class E | 共同創業者を除く従業員 | 一部の限定事項のみ | なし |
| Class N | Amazon、Google など | なし(第三者への譲渡で Class A に転換) | Class A と同等 |
前例のない資本構造で Class A 株主の影響力がほぼない(p.108–109)
- デラウェア州法上の PBC として、株主の金銭的利益、事業の影響を受ける人々の最善の利益、定款に定めた会社目的(Company Purpose)の3つを両立させる義務を負う。この構造には「上場企業での直接の前例がない」と書いている。
- LTBT は、金銭的利害を持たない5人の受託者(Trustee)で構成される独立機関として設計されている。Class T 株で取締役会の過半数となる Class T 取締役を選任・解任できる。
- 上場直前に、Class F 株1株を Founder LLC に発行する。Class F は、取締役選任(Class T 取締役を除く)を含む一般議案で、議決権総数の50.1%に相当する票数を持つ。
- 上場時に Class E 株を新設し、共同創業者を除く従業員に発行する。
- この結果、LTBT と Founder LLC で取締役全員を選べ、Founder LLC は当面すべての一般議案の結果を決められる。Class A 株主は、どう投票しても結果を変えられない。例外は、存続創業者(Continuing Founders)の過半数が Class F の投票方針で合意できない場合で、そのときは Class F の票が原則として Class A の投票結果に比例して配分される。
- 敵対的買収や委任状争奪戦が起きにくく、株主が市場価格にプレミアムを乗せて売る機会を失う可能性がある。前例がないため、ガバナンス関連の訴訟の予測も難しい。
議決権が LTBT と Founder LLC に集中し、経済的持分と比例しない(p.109–110)
- Class T は無期限に存続する。取締役会と受託者、または Class A・Class E・Class F それぞれの所定多数の承認があれば、LTBT の条件変更・終了、Class T の償還(すべて消えた時点を「Class T Sunset Time」と呼ぶ)ができ、同じ承認で制限なく譲渡もできる。状況が変わったときの柔軟性を残すために意図した設計だという。
- Class T が LTBT と無関係の者に移っても、PBC である限り、取締役は公益目的の規定に従う義務を負い続ける。
- 受託者の報酬は、受託者自身が年1回決める妥当な現金額に限られ、会社の利益や個別の行動に連動しない。LTBT の方針で、受託者は Anthropic の証券を直接購入・保有できない。
- Class F は、(i) 存続創業者が90日連続で3人未満になった時点で始まる「Class F 移行期間」の完了、(ii) Class F が存在しなくなった時点(存続創業者の特別多数による償還の合意や Founder LLC の解散を含む)、のいずれか早い時点(Class F Sunset Time)まで存続する。
- 上場後に共同創業者が持つ議決権の割合は、Founder LLC を通じた分を除くと約(目論見書では空欄)%、含めると約(目論見書では空欄)%とされている。
- LTBT と Founder LLC の議決権は、Class A の追加発行(Class N の転換を含む)で希薄化しない。共同創業者個人が株を売っても減らない。その結果、会社目的を他の株主の金銭的利益より優先する形で影響力が使われ得る、と明記している。
機関投資家の購入・保有を妨げる可能性(p.110)
- 複数種類株の構造は、一部の機関投資家の投資方針に抵触する可能性がある。株価指数に採用されず、指数連動型の投信や ETF が買わないことで、類似企業より評価が低くなるおそれがある。
Nasdaq の「支配会社」として一部のガバナンス要件が免除される(p.110–111)
- LTBT が Class T 株の唯一の保有者として取締役の過半数を選べるため、Nasdaq Global Select Market の規則上の「支配会社(controlled company)」に当たる。独立取締役が過半数であること、指名・ガバナンス委員会と報酬委員会が全員独立取締役であること、の各要件の免除を受けられる。
- 実際に免除を使うのは、全員が独立取締役ではない指名・ガバナンス委員会(NGC)についてだけの予定である。現時点で取締役会の過半数は独立取締役で、監査委員会と報酬委員会は全員が独立取締役である。支配会社でなくなれば、移行期間内に NGC を全員独立取締役にする必要がある。
PBC として会社目的を達成できる保証はない(p.111)
- デラウェア州一般会社法(DGCL)366条と付属定款により、公益の促進状況と会社目的の達成度について、少なくとも2年に1回、株主に報告する義務がある。報告が遅れたり評価が低かったりすると、PBC としての評判が傷つく。
長期志向と利害関係者のバランスが株主の金銭的利益と衝突し得る(p.111–112)
- 製品の変更、用途の制限、安全上の理由による開発ペースの抑制、リリース時期の調整などが、短期・中期・長期の業績や株価に悪影響を与える場合でも、その判断をすることがある。
- 具体例として次を挙げている。
- 利用ポリシーで、完全自律型兵器の開発・運用と、国内の大規模監視を含む大規模監視への利用を禁じている。収益機会があってもこうした利用を認めず、実際に商業上・財務上の悪影響が「出ている」。
- Mythos は当初、一般公開せず、Project Glasswing を通じた限定的な研究プレビューとしてのみ提供した。
- 画像・動画生成モデルのように商業的に魅力のある製品を、計算資源を研究と安全に振り向けるため、あえて開発していない。
- 通常の会社の取締役は株主価値の最大化に注力する受託者責任を負うが、PBC の取締役は会社目的と利害関係者の利益を考慮する「義務」を負う。十分な情報に基づき、利害関係のない立場で、合理的な目的に資する判断をしていれば責任を問われない。そのため、利害が衝突したときに株主の金銭的利益が優先される保証はない。規模や目的が Anthropic に近い PBC についての判例はごく少ない。
- PBC は敵対的買収を受けにくく、アクティビストやヘッジファンドの標的にもなりにくい。取締役会は、短期的には投資家の利益が最大になる敵対的買収提案でも拒否しやすくなる。
- 非営利団体、研究機関、フロンティア AI を使えない地域社会などへの拠出を含む公益活動に、相当の資源を振り向ける。「Initial Public Benefit Issuance」と将来の「Public Benefit Issuances」がこれに当たり、規模は大きく、今後も大きく増やす見込みだという。財務上の効果は測りにくく、売上減や費用増につながり得る。
バランス義務をめぐる株主訴訟の増加(p.112–113)
- DGCL 367条により、上場 PBC の株主は、発行済株式の2%以上、または時価200万ドル(2,000,000ドル)以上の株式のいずれか少ない方を単独または共同で保有していれば、取締役会のバランス義務の履行を求める訴訟を起こせる。通常の会社にはない責任であり、判例も少ない。
専属的管轄条項(p.113)
- 上場直前に効力を持つ付属定款で、代表訴訟、受託者責任違反、DGCL に基づく請求、定款・付属定款の解釈、内部事項に関する請求は、原則としてデラウェア州衡平法裁判所(管轄がない場合はデラウェア州の他の州裁判所か連邦地裁)に限定される。不可欠な当事者が管轄外にいて、その当事者が10日以内に管轄に同意しない場合は除く。
- 1933年証券法に基づく請求は米国の連邦地裁、取引所法上の義務の履行を求める代表訴訟はデラウェア州連邦地裁に限定される。株主が裁判所を選ぶ自由が狭まり、訴訟を起こしにくくなる可能性がある。
買収を難しくする定款・付属定款の規定(p.114–115)
列挙されている規定は次のとおり。
- 複数種類株の構造により、LTBT と Founder LLC が取締役全員を選べ、Founder LLC は合併や会社売却を含む一般議案の結果を当面決められる。
- Class F Sunset Time までは、Class T 以外の取締役の欠員・新設枠を、Founder LLC の通知に従って取締役会が埋めるか、Class A と Class F の株主が共同で(書面同意を含む)埋める。
- Class T Sunset Time までは、取締役の人数の決定に、取締役定数の80%(端数は四捨五入、ちょうど0.5は切り上げ)の承認が要る。
- 臨時株主総会を招集できるのは、取締役会(定数の過半数の決議)、取締役会議長、CEO、President、Class F Sunset Time 後は Class T 以外の取締役の過半数、Class F Sunset Time 前は Class E 株主に諮る議案についての会社秘書役と、Class F 保有者としての Founder LLC に限られる。
- 書面同意による株主の行動は、両 Sunset Time 前は取締役の指名・選任・解任や Class F・T・E に関する償還・保護条項など一部に限られ、両 Sunset Time 後は認められない。Class E 株主の行動は常に総会で行う。
- Class A 株主が取締役候補を指名したり議案を出したりするには、事前通知の手続が要る。
- Class F Sunset Time 後は、任期3年の3グループに分けた期差任期制の取締役会に移る。
- Class F Sunset Time 後は、定款・付属定款の一部の変更に Class A の議決権の66 2/3%が必要になる。
- 累積投票は認めない。
- 未指定の優先株式を、取締役定数の80%の承認(Class F Sunset Time 前は Founder LLC の同意も必要)で発行できる。
Class A 普通株式の保有に関するリスク(p.115–120)
公開市場がこれまでなかった(p.115)
- Class A 株を Nasdaq Global Select Market に、ティッカー「ANT」で上場申請している。公開価格は会社、売出株主、引受会社の交渉で決まり、上場後の市場価格を反映するとは限らない。
株価の変動(p.115–116)
- 変動要因を20項目以上挙げている。計算資源を中心とするサプライチェーンの制約や関税、ロックアップ解除への思惑、アナリストのカバレッジ、データ侵害、会社が出す業績見通しとの乖離、第三者が公表するデータ(正確かどうかを問わない)、空売り、Class N の転換に伴う Class A の発行、創業者・経営陣の加入や離脱などである。
- 株価が大きく動けば、証券集団訴訟の標的になる可能性がある。
追加発行による希薄化(p.117)
- 上場直前に効力を持つ定款で、発行可能株式数は次のとおり定められる。
| 種類 | 発行可能株式数 |
|---|---|
| Class A 普通株式 | 300,000,000,000株 |
| Class N 普通株式 | 100,000,000,000株 |
| Class T 普通株式 | 1株 |
| Class F 普通株式 | 1株 |
| Class E 普通株式 | 30,000,000,000株 |
| 優先株式 | 30,000,000,000株 |
- 資金調達、買収、株式報酬、転換社債の転換、Class N の転換、そして非営利団体や研究機関などへの株式の付与を含む公益活動(Public Benefit Issuances)で株式が発行され得る。
- 一部の社債購入契約(NPA)の相手方は登録請求権を持っており、社債の転換で得た株式などをまとめて市場で売却しやすくなる。
Class N 株の転換による議決権の希薄化(p.117–118)
- 優先株式の転換と転換社債の転換の結果、上場直前の Class N 株は(目論見書では空欄)株で、上場前の発行済株式の約(目論見書では空欄)%、上場後の約(目論見書では空欄)%を占める(いずれも Class T・F・E を除く)。
- Amazon と Google はそれぞれ発行済株式の5%超を保有する。Amazon と Google の Class N 保有株数は、いずれも(目論見書では空欄)株とされている。
- Amazon が保有する残りの転換社債は、保有上限を超えるため上場直前には転換できない。上場後にこれが転換されると、追加で(目論見書では空欄)株の Class N が発行される。
- Class N は無議決権だが、配当と残余財産の分配では Class A と同等の権利を持ち、Class A の経済的持分を希薄化する。登録公募や市場での売却、関係のない第三者への譲渡で自動的に Class A に転換され、その時点で1株1票の議決権が生じる。
追加発行しても Class F の議決権は薄まらない(p.118)
- Class F は議決権総数の50.1%に固定されている。たとえば Class A を1,000,000株追加発行すると、Class F には議決権を50.1%に保つための追加票、約1,004,008票が自動的に加わる。Class A や Class N の追加発行は、Nasdaq の上場基準が求める場合を除き、株主の承認を要しない。
将来の株式売却による株価下落(p.118–119)
- 2026年9月30日時点の株数を基にした上場後の Class A 株数、Class N 株数は、いずれも(目論見書では空欄)とされている。
- 取締役、執行役員、実質的にすべての株主が、Goldman Sachs & Co. LLC と Morgan Stanley & Co. LLC(引受会社の代表)とのロックアップ契約、または会社とのマーケットスタンドオフ契約を結んでいる。期間は2段階である。
| 対象 | ロックアップの終了(いずれか早い方) |
|---|---|
| 共同創業者と、上場前に完全希薄化後株式の0.5%超を持つ一部株主 | (A) 2027年9月30日に終わる四半期の決算発表後、2営業日目の米東部時間午前6時/(B) 目論見書の日付から365日目の取引終了直後 |
| その他の株主 | (A) 2027年3月31日に終わる四半期の決算発表後、2営業日目の米東部時間午前6時/(B) 目論見書の日付から180日目の取引終了直後 |
- 早期解除の条項があり、Goldman Sachs と Morgan Stanley はロックアップの対象者を期間前に解放できる。
- 2026年5月28日付の改訂投資家権利契約(IRA)に基づき、合計(目論見書では空欄)株までの Class A 株(Class N の転換分を含む)の保有者が、上場後に登録請求権を持つ。株式報酬制度の株式も登録予定で、ロックアップ明け以降は行使・権利確定した株式がすぐ市場で売れる。
- 共同創業者は、それぞれ個人として保有する Anthropic 株式の80%を慈善目的に充てると誓約している。これは自発的で撤回可能な意思表明で、法的拘束力はない。時期、金額、寄付先、方法は未定で、ドナー・アドバイズド・ファンド、慈善団体、財団などを通じる可能性がある。その一部の寄付先は会社と取消不能の議決権委任契約を結んでいる。寄付された Class A 株を受け取った側が売却すれば、大量の株が市場に出る可能性がある。
- この誓約は Class F 株や Founder LLC の議決権構造には及ばない。寄付が進むほど共同創業者の経済的持分は減るが、Founder LLC の構成員資格に必要な最低保有条件を満たす限り、議決権の支配は変わらない。会社自身が、共同創業者と他の株主の利害の一致が弱まる、あるいは利害が離れる可能性があると書いている。
当面は配当を払わない(p.119–120)
- 当面は現金配当を払う予定がなく、利益は事業の成長に回す。
- A&R Credit Agreement(改訂後の与信契約)には現金配当の額を制限する条項があり、将来の融資契約にも同様の条項が入る可能性がある。
- 将来の配当は、財務状況、業績、資金需要、契約上の制限を踏まえて取締役会が裁量で決める。株主が利益を得る手段は、値上がり後に Class A 株または Class N 株を売ることだけになる。
アナリストのレポートと評価(p.120)
- Class A 株の価格と売買高は、証券アナリストや業界アナリストが出すレポートに一部左右される。アナリストの予想は会社の見通しと食い違うことが多い。
- 投資判断の引き下げ、競合をより高く評価するレポート、不正確または否定的なレポートが出れば、株価は下がる可能性が高い。カバーするアナリストが少ない、あるいはカバーをやめたり定期的なレポートを出さなくなったりすると、市場での注目度が落ち、株価と売買高が下がり得る。
この章から読み取れること
ここからは筆者の解釈である。上の本文は原文の要約で、以下はそれを投資家の立場から読んだ見立てになる。
- 著作権の負債は「終わった話」ではない。Bartz は15億ドルで決着したが、音楽出版社による5件以上の訴訟と Reddit 訴訟が残っている。加えて、他社の判決で前例ができると自社の事実関係と無関係に影響が及ぶ、と会社自身が書いている。上限のない補償条項を顧客や評価ベンダーと結んでいる点も、偶発債務の見積りを難しくする材料になる。
- 規制リスクがすでに現実の提供停止として起きている。Fable 5 と Mythos 5 の全世界向け輸出制限は、主力モデルを全顧客に対して止めた事例である。「同様の規制は再発し得る」「同じ期間で解除されるとは限らない」という書き方からは、最先端のモデルほど政府の判断で提供を止められる構図が読み取れる。
- Class A 株主は経済的持分を買うが、経営への発言権はほぼ買えない。LTBT が取締役の過半数を選び、Founder LLC が50.1%の議決権を持ち、その比率は増資でも創業者の売却でも薄まらない。指数への採用や機関投資家の投資方針に影響し得ることは、会社自身がリスクとして認めている。
- 「安全のために儲けを見送る」ことが定款上の義務として組み込まれている。自律型兵器・大規模監視の禁止、Mythos の限定公開、画像・動画生成をやらない判断を、すでに実行した事例として挙げている。さらに、開発ペースの抑制そのものが独禁法違反だとする集団訴訟(2026年9月)を招いている。安全志向が規制と訴訟の両面から事業に跳ね返る構図は、この会社に特有の論点になる。
- 需給面では、ロックアップの2段階の解除(2027年3月期・9月期の四半期決算発表後、または180日・365日)、Amazon と Google の Class N(譲渡で議決権付きの Class A に転換)、創業者の80%寄付誓約が重なる。寄付誓約は法的拘束力がなく時期も未定なので、市場はいつ売りが出るか読みにくい。寄付が進んでも創業者の議決権は変わらないため、経済的利害と支配の乖離は時間とともに広がる可能性がある。