AnthropicのS-1を読む⑪計算資源の契約:最低支払額と解約できる条件
Anthropic は、計算資源(クラウド、GPU、TPU、データセンターの機器)を何年も先まで押さえる契約を結んでいる。 S-1 公開前には「10年で5,180億ドル」という報道もあった。 この記事では、S-1 のどこにどの金額が書かれているか、そのうち使わなくても払う最低額はいくらか、途中で解約できる契約はどれかを整理する。
シリーズの全体像は AnthropicのS-1を読む①総覧 にまとめている。 原典は Anthropic, PBC Form S-1(SEC EDGAR)。
先に結論
- 契約の総額は、S-1 の本文ではすべて空欄である。金額が入っているのは連結財務諸表の注記7(リース)、注記13(購入コミットメント)、注記16・17(後発事象)と、MD&A の個別契約の説明である
- 報道の5,180億ドルは、2025年末時点のリース約502億ドルと購入コミットメント約546億ドルに、2026年1月以降の新規契約約4,170億ドルを足した約5,218億ドルに近い(筆者計算)
- S-1 提出時点の最新の数字では、6月30日時点のリース約3,214億ドル、購入コミットメント約2,656億ドル、7月以降の新規契約約2,450億ドルで、合計は約8,320億ドルになる(筆者計算)
- 大口の契約の多くは「使わなくても最低額を払う」「相手の重大な違反が無い限り解約できない」形である。例外は SpaceXAI で、2027年1月・3月の当初期間が終われば、どちらからでも90日前の通知で解約できる。Lambda は相手が施設のリースを確保できなければ解約でき、Nscale は納期や稼働率の未達などで解約できる条件が付いている
どこに何が書かれているか
S-1 の本文には「契約の総額は〇〇ドル超」という文が2か所あるが、金額は空欄である。 金額が入っているのは財務諸表の注記と MD&A の個別契約の説明で、時点と範囲がそれぞれ違う。
| 場所 | 中身 | 時点 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 要約章 p.7、事業の章 p.181 | 購入コミットメントとリースを合わせた契約の総額 | 2026年9月30日以降 | 空欄(more than $ ) |
| MD&A 契約上の債務 p.170 | 年度別の支払予定の表 | 空欄 | 空欄 |
| 注記7 リース(F-36) | 開始前のリース(計算機器・データセンター)の割引前の支払見込み | 2025年12月31日 | 約502億ドル |
| 同上 | 同上 | 2026年6月30日 | 約3,214億ドル |
| 注記13 コミットメントと偶発事象(F-59) | 購入コミットメント(クラウド事業者のホスティングなど、解約できない最低支払額) | 2025年12月31日 | 約546億ドル(54,559百万ドル) |
| 同上 | 同上(期間は1〜20年) | 2026年6月30日 | 約2,656億ドル |
| 注記16 後発事象(F-64、監査済み) | 2026年1月以降に結んだ・変更した契約の最低支払額(リースと購入契約) | 2026年1月〜 | 約4,170億ドル |
| 注記17 後発事象(F-65、未監査) | 2026年7月以降に結んだ・変更した契約の最低支払額 | 2026年7月〜 | 約2,450億ドル(ほかに短期契約が約210億ドル) |
| MD&A p.171–172 | 大口の個別契約(次の節) | 契約ごと | 契約ごと |
注記16の約4,170億ドルは、6月30日時点の注記7・注記13の金額と期間が重なる。 そのため、6月30日時点の数字と注記16を足すと二重に数えることになる。
報道の5,180億ドルはどの数字か
報道の内訳は分からないが、リースと購入契約の両方を含めて組み合わせると、次の2つの見方ができる。
| 見方 | 組み合わせ | 合計(筆者計算) |
|---|---|---|
| 2025年末を基準にした見方(監査済みの数字だけ) | リース約502億 + 購入コミットメント約546億 + 2026年1月以降の新規約4,170億 | 約5,218億ドル |
| S-1 提出時点の最新の見方 | リース約3,214億 + 購入コミットメント約2,656億 + 7月以降の新規約2,450億 | 約8,320億ドル |
報道の5,180億ドルとの差は、2025年末基準の見方で約38億ドル(約0.7%)である。 報道は、監査済みの2025年度決算の注記をもとにした数字だった可能性がある(筆者の推測)。 最新の見方では、そこから6月末以降だけで約2,450億ドルの契約が積み上がっている。
なお、どちらの合計にも次のものは入っていない。
- 固定の金額を定めていない契約(後述の TPU の追加分や AMD の契約)
- 1年以内に違約金なしで解約できる短期の契約(注記17の短期契約約210億ドルは、上の合計とは別に書いた)
- すでに開始して貸借対照表に載っているリース
大口の個別契約(MD&A p.171–172)
MD&A は、大口の契約を相手ごとに説明している。 「使わなくても払うか」と「解約できるか」に注目すると、契約によって縛りの強さがかなり違う。
| 相手 | 内容 | 金額 | 期間 | 使わなくても払うか | 解約できる条件 |
|---|---|---|---|---|---|
| Microsoft | クラウド | 最低449億ドル | 2026年11月〜2033年5月 | 払う(実際の利用にかかわらず) | 解約できない。例外は Microsoft の重大な違反が是正されない場合と、まだ引き渡されていない分(トランシェ)単位の解約 |
| クラウド(TPU) | 最低約1,145億ドル | 2026年4月〜2033年7月 | 払う(不足分は精算金として払う) | 解約できない。例外は Google の重大な違反 | |
| Google ほかの TPU 事業者 | TPU の追加分 | 見積もり1,250億〜1,500億ドル | 2028年〜2031年に引き渡し | 届いた容量と条件しだい(固定額なし) | 記載なし。契約債務の表にも入っていない |
| Amazon | クラウド | 最低1,100億ドル | 2026年5月〜2036年4月 | 払う(不足分は精算金として払う) | 解約できない。例外は Amazon の重大な違反 |
| SpaceXAI | NVIDIA の GPU | 最大1,205億ドル(全容量が届く2026年12月以降は月約31億ドル) | 2029年まで | 記載なし | 当初の解約不能期間(2027年1月・3月まで)の後は、どちらからでも90日前の通知で解約できる |
| AMD | Helios(ラック型のGPUシステム) | 固定額なし。初期分を全量調達すれば200億ドル超 | 2027年から | 配備の提案などの条件しだい | Anthropic からは解約できない。例外は AMD の重大な違反 |
| Nscale | NVIDIA の GPU | 最大約446億ドル | 2033年まで | 払わない(届いて受け入れた分だけ料金が発生) | Nscale は一定期間内に GPU と施設の資金調達に最善を尽くす義務を負う。それ以外は、納期や稼働率の未達、重大な違反などに限って解約できる |
| Lambda | NVIDIA の GPU | 約413億ドル(うち2026年8月の契約が約349億ドル) | 2034年まで | 払わない(届いて受け入れた分だけ料金が発生) | 8月の契約は、Lambda が施設のリースを期限内に確保できなければ双方が解約できる。ほかは Lambda の重大な違反や、納期を守れなかった分(トランシェ)に限る |
| Broadcom | TPU の機器リース(ファイナンス・リース) | 賃料の合計約1,612億ドル(利息を除く。複数のリースの合計で、うち2026年3月の契約が約1,252億ドル) | 5年 | 機器が稼働できる状態になってから賃料が発生 | リース期間中は双方とも解約できない。例外はデフォルト(債務不履行) |
表の金額を単純に足すと約6,370億ドルになるが(筆者計算)、最低額と上限額、見積もりが混ざっているので、意味のある合計ではない。
「使わなくても払う」縛りが強いのは、Microsoft、Google、Amazon のクラウド3社と、Broadcom の機器リースである。 3社のクラウド契約は合わせて最低約2,694億ドルになる(筆者計算)。 一方、GPU のネオクラウド(Lambda、Nscale)は届いた分だけ払う形で、SpaceXAI は当初期間が過ぎれば90日前の通知で抜けられる。
解約できる余地をどう見るか
解約できる余地があるのは、主に GPU を借りる契約である。
- SpaceXAI は、2027年1月・3月に当初の解約不能期間が終わる。月約31億ドル(年に直すと約372億ドル、筆者計算)の支払いを、その後は90日前の通知で止められる
- Lambda の8月の契約(約349億ドル)は、Lambda が施設のリースを確保できなければ解約できる。Nscale の契約(最大約446億ドル)は、納期や稼働率の未達などで解約できる。どちらも料金は届いて受け入れた分だけ発生する
逆に、クラウド3社と Broadcom の契約は、Anthropic 側の事情では解約できない。 需要が想定を下回っても、最低額は払い続けることになる。 S-1 のリスク要因(②事業・業界編)も、長期の購入コミットメントには使わなくても払う(take-or-pay)条項が多いと書いている。
この章から読み取れること
- 契約の総額が本文で空欄なのは、契約が提出の直前まで積み上がっていたからとみられる。注記17の7月以降の分だけで約2,450億ドルある
- 報道の5,180億ドルは古い時点の数字で、S-1 提出時点の最新の見方では約8,320億ドルにふくらんでいる。手元の現金と短期投資約1,317億ドル(6月30日時点、筆者計算)と比べると、6倍を超える規模である
- 縛りの強い契約(クラウド3社と Broadcom)と、抜けられる契約(SpaceXAI、Lambda、Nscale)が混ざっている。需要が鈍ったときに最初に調整されるのは、後者の GPU の契約になるはずだ
⑩報道・リーク情報との答え合わせ では、ほかの報道の数字も S-1 と突き合わせている。