ひとり社長の退職金準備と節税の限界
注意: 本記事の数値基準は2024年時点の税制に基づく。税制改正により変更される可能性があるため、最新の法令を確認すること。
事業拡大と退職金
事業拡大時の人員配置における「業務委託契約」の活用方法と、経営者自身の退職金を節税しながら最大化するための戦略。
事業拡大時は雇用契約より業務委託契約を検討する
✅ DO:
- 外部協力者との関係は「業務委託契約」で結ぶことを優先検討する
- 業務委託の実態を備えた契約内容にする(拒否権、非専属性、報酬算定根拠)
- 案件ごとまたは月ごとに請求書を受領し、それに基づいて支払いを行う
❌ DON'T:
- 書面上だけ業務委託契約にして、実態は雇用契約と変わらない状態にする
- 業務委託契約なのに完全月給制を採用する
- 既存従業員の契約を強制的に業務委託に変更する(強制解雇とみなされるリスク)
💡 WHY:
- 労働基準法等の雇用リスクを回避できる
- 社会保険料の会社負担分を削減できる
- 消費税の節税効果がある(給与は課税対象外だが、外注費は課税仕入れ)
📊 数値基準:
- 業務委託の源泉徴収税率: 10.21%(100万円以下)、20.42%(100万円超の部分)
雇用契約と業務委託契約の判断基準
✅ DO:
- 実態で判断される6つの基準を満たす
- 業務遂行の拒否権: あり
- 会社への専属性: なし
- 業務の指揮監督: 弱い
- 勤務場所の指定: なし
- 勤務時間の拘束: なし
- 報酬算定根拠: 案件ごと
❌ DON'T:
- 書面上の契約形式だけで判断する
- 税務調査で否認されるような実態の伴わない契約を締結する
💡 WHY: 税務調査で「雇用か業務委託か」は高確率でチェックされる。実態が伴わなければ否認され、ペナルティを受ける。
退職金原資は投資と節税の両面で計画的に構築する
✅ DO:
- 以下の優先順位で資産形成を検討する
- NISA(つみたて投資枠・成長投資枠) - 非課税メリットが最も大きい。最優先で満額活用
- 個別株投資 - 少額でも絶対にやるべき。米国企業を推奨(市場の強さ)
- 生命保険(掛け捨てのみ) - 万一の備えとして必要最低限
- 小規模企業共済・倒産防止共済 - 節税効果はあるが資金拘束が長い
- iDeCo・企業型401K - 掛金が全額所得控除だが60歳まで引出し不可。資金拘束が最も長い
- 経営者として独立するなら、キャッシュポジションの投資先は「自分の事業」か「世界中の株式市場」から選択すべき
- 大きく成功を目指すなら、事業投資と個別株投資にフォーカスする
- 生成AIが革命を起こしている今、AI関連銘柄に投資しないことのリスクを十分に考える
❌ DON'T:
- 生命保険で積立型(貯蓄型)を選ぶ(掛け捨てで十分)
- 小規模企業共済等の資金拘束が長い商品に過度に依存する
- 税制が長期で変動するリスクを無視して資金を固定する
- 個別株投資を選択肢から外す(100%自分の事業に投資でも良いが、株式市場も選択肢に入れるべき)
💡 WHY:
- 経営者は自動的に退職金がもらえないため自己準備が必要
- 節税効果を加味しても、個別株投資の方が長期リターンは大きい可能性が高い
- 小規模企業共済・倒産防止共済は資金拘束が長く、税制変動リスクがある
- 自分の事業への投資と株式市場への投資を比較検討する視点が重要
📊 数値基準:
- 新NISA(2024年〜): つみたて投資枠 年120万円、成長投資枠 年240万円、非課税期間無期限
- iDeCo: 60歳まで引出し不可、掛金上限は加入区分により月1.2〜6.8万円
- 倒産防止共済: 満額800万円、40ヶ月以上で全額戻り
- 小規模企業共済: 掛金月7万円上限、20年未満の任意解約は元本割れリスク
退職金制度の比較
ひとり社長・中小企業経営者が活用できる退職金制度の詳細比較:
| 制度 | 対象者 | 掛金上限 | 受取時期 | ひとり社長 |
|---|---|---|---|---|
| 中退共 | 従業員のみ | 月額3万円 | 退職時 | × 不可 |
| 小規模企業共済 | 役員 | 月額7万円 | 廃業・退職時 | ○ 最重要 |
| 企業型DC | 厚生年金加入者 | 月額5.5万円 | 60歳以降 | ○ 可能 |
| iDeCo | 個人 | 月額2.3万円* | 60歳以降 | ○ 可能 |
*ひとり社長(第2号被保険者)の場合
中退共(従業員向け)の詳細
- 対象: 従業員のみ(役員は加入不可)
- 30年で約1,264万円の退職金(月3万円積立時)
- 賞与で同額を支給した場合と比較すると、500〜600万円多い手取り
| 30年で年間36万円を積立した場合 | 手取り額 |
|---|---|
| 中退共 | 約1,264万円 |
| 賞与で支給(月給30万円) | 約744万円 |
| 賞与で支給(月給60万円) | 約625万円 |
小規模企業共済(役員向け)の詳細
ひとり社長にとって最も重要な退職金制度:
- 掛金全額が所得控除(節税効果大)
- 加入条件: 従業員5人または20人以下の会社
- 予定利回り: 約1%
- 20年以上納付で元本保証
企業型DC(確定拠出年金)の詳細
- 対象: 役員含む厚生年金加入者
- 掛金は全額福利厚生費(社会保険料・所得税なし)
- 運用益も非課税
- 受取: 60歳以降(中途退職時の給付なし)
退職金の非課税枠
勤続20年以下: 40万円 × 勤続年数
勤続20年超: 800万円 + 70万円 × (勤続年数 - 20年)
例: 勤続30年 → 1,500万円まで非課税
役員退職金の適正額を算定する
✅ DO:
- 役員退職金規程を書面で作成・保管する
- 以下の算式を目安として金額を算定する
適正な役員退職金 = 最終の役員報酬月額 × 在籍年数 × 功績倍率 - 同業種・同規模法人の相場と比較して妥当性を確認する
- 株主総会で決議した上で支給する
❌ DON'T:
- 算式に沿えばいくらでも経費に落とせると考える
- 同業他社の相場から著しく乖離した金額を設定する
💡 WHY: 法人税法では「不相当に高額な部分」は否認される。算式はあくまで実務上の目安。
📊 数値基準:
| 役職 | 功績倍率の目安 |
|---|---|
| 代表取締役社長 | 3.0倍 |
| 専務 | 2.4倍 |
| 常務 | 2.2倍 |
| 取締役 | 1.8倍 |
| 監査役 | 1.6倍 |
退職金の受取方法を選択する
✅ DO:
- 一括受取か年金受取かを検討し、自身に有利な方法を選ぶ
- 「退職所得の受給に関する申告書」を必ず作成・社内保管する
- 複数の退職所得(iDeCo等)がある場合は受給タイミングを調整する
❌ DON'T:
- 「退職所得の受給に関する申告書」の保管を怠る
- 複数の退職所得を間隔を空けずに受給する(退職所得控除額が減少)
💡 WHY: 退職金は長年の勤務成果として税負担が軽減される優遇措置がある。申告書がなければ一律約20%課税となり大幅に不利。
📊 数値基準:
- 退職所得控除: 勤務1年につき40万円(20年超の部分は70万円)
- 退職所得の計算: (退職金額面 - 退職所得控除額) × 1/2 × 税率
- 税率: 15〜55%(超過累進税率)
- 申告書なしの場合: 退職金額面に対して一律約20%課税
比較例(勤続30年の場合):
| 受取形態 | 金額 | 税負担率 |
|---|---|---|
| 給与として | 3,000万円 | 40.8% |
| 退職金として | 3,000万円 | 5.7% |
| 給与として | 1億円 | 50.7% |
| 退職金として | 1億円 | 18.9% |
節税の限界と税務調査
節税には限界があり、過度な節税は会社の財務体質を弱体化させる。経営者は適切なタイミングで「節税志向」から「納税志向」へシフトすべき。
ハイリスク節税策の本質を理解する
✅ DO:
- ハイリスク節税策は「投資」「サイドビジネス」として取り組む覚悟を持つ
- 出口での課税を見越した長期計画を立てる
- リスクを十分に理解した上で意思決定する
❌ DON'T:
- 節税目的だけでハイリスク投資に手を出す
- 元本保証を期待する
- 運営会社倒産リスクを無視する
💡 WHY: オペレーティングリース、足場レンタル、コインランドリー投資等は本質的に「課税の繰延」に過ぎない。出口で課税されるため「エンドレス繰延」になりやすい。
📊 数値基準:
- 利益が数千万円規模になると、一般的な節税策はほぼ使い尽くす水準
過度な節税を避ける
✅ DO:
- 節税と納税のバランスを取る
- 「お金が残る節税策」を優先する
- 堅実経営で財務体質・資金残高を充実させる
❌ DON'T:
- 節税のために不必要な設備投資や接待を行う
- 「お金がなくなる節税」ばかりを実行する
- 節税に囚われてキャッシュを減らす
💡 WHY: 利益以上に税金がかかることはない。税額を減らしても手元現金が減れば本末転倒。
📊 数値基準: 例: 利益1,000万円、税率35%の場合
| パターン | 納税額 | 現金残高 |
|---|---|---|
| 節税なし | 350万円 | 650万円 |
| 500万円経費追加 | 175万円 | 325万円 |
→ 税額は半減するがキャッシュも半減
財務諸表への影響を意識する
✅ DO:
- 損益計算書(PL)と貸借対照表(BS)の連動を理解する
- 純資産(内部留保)を厚くする経営を意識する
- 融資審査で有利になるBSを目指す
❌ DON'T:
- PLの見栄えを悪くする過度な節税を継続する
- BSの質を犠牲にして目先の税金を減らす
- 純資産の部が小さい状態を放置する
💡 WHY: 利益は自己資本(純資産の部)に積み上げられる。過度な節税を続けると純資産がいつまでも小さいまま。資金調達時の金利条件や与信審査に悪影響。
経営の優先順位を正しく設定する
✅ DO:
- 「黒字化が先、節税は後」の順序を守る
- 利益が出るようになってから節税を考える
- 事業拡大を目指すなら「節税志向」から「納税志向」へシフトする
❌ DON'T:
- 経営の目的を「節税」にする
- 黒字化前から節税ばかり考える
- 永遠に節税志向のまま事業拡大を目指す
💡 WHY: 事業で利益を上げなければ節税しようがない。節税と融資審査での信用力は相反する。きちんと納税することでBSが理想の状態になる。
有事に備えた財務体質を構築する
✅ DO:
- 売上ゼロでも1年以上しのげる資金残高を確保する
- 節税と納税のバランスが良い堅実経営を行う
- 「お金が残る節税」を順序よく駆使する
- 緊急時には公的支援制度を活用する
❌ DON'T:
- 過度な節税で財務体質を弱体化させる
- 資金繰りの安定化を後回しにする
💡 WHY: 不測の事態(経済危機等)に強い会社は堅実経営をしてきた会社。財務体質・資金残高が充実していれば危機を乗り越えられる。
📊 数値基準:
- 目標: 売上ゼロでも1年以上継続可能な資金残高
相続税対策と事業承継
中小企業経営者は退職金準備と並行して、相続税対策・事業承継を計画的に進める必要がある。
まず相続税の総額を試算する
✅ DO:
- 相続税対策を始める前に、まず相続税額を試算する
- 財産の総額と分割方法を確認してから対策を検討する
- 試算は税理士に依頼する(計算が複雑なため)
❌ DON'T:
- 財産の額や分け方を確認せずに節税対策を始める
- 相続税額を試算せずに「とりあえず110万円贈与」を実行する
📊 数値基準:
基礎控除額 = 3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数
- 基礎控除額以下なら相続税は発生しない
- 配偶者の非課税枠 = 1億6,000万円 または 法定相続分のいずれか大きい方
生前贈与の注意点
✅ DO:
- 贈与は受贈者が普段使っている口座に入金する
- 贈与されたお金は実際に使う(または生命保険料に充てる)
- 贈与契約書を本人直筆で作成しておく
- 111万円を超える贈与をして贈与税申告を行い、証拠を残す
❌ DON'T:
- 子供名義の口座を作って贈与者(親)が通帳を管理する(「名義預金」として相続財産に加算される)
- 毎年110万円ずつ入金して一切使わない口座を作る
- 贈与と保険料支払いを同時期に行う(親名義の保険と見なされるリスク)
💡 WHY: 相続税調査は8件に1件の高確率で実施され、8割以上で追加納税が発生。税務署は銀行口座の中身を調査可能。
📊 贈与税率(暦年贈与):
| 贈与額 | 税率 |
|---|---|
| 110万円超〜310万円 | 10% |
| 310万円超〜410万円 | 15% |
| 410万円超〜510万円 | 20% |
重要: 相続人への贈与は死亡前3年以内は「贈与なし」扱いとなる。高齢者は相続人ではなく孫などへの生前贈与を優先する。
自社株式の承継
✅ DO:
- 後継者には株式を、非後継者には現金を贈与する
- 会社が成長する前、株式評価額が低いうちに贈与する
- 議決権のない株式を発行して贈与するという選択肢を検討する
- 株式の相続税が高額(数百万円以上)の場合は事業承継税制を検討する
❌ DON'T:
- 後継者以外の子供に株式を持たせる(次世代で従兄弟間の対立リスク)
- 経営者の夫婦や後継者以外の親族に株式を分散させる
- 扶養に入っている家族に配当が発生する株式を贈与する(扶養から外れる可能性)
💡 WHY:
- 3%以上の株式保有 → 帳簿閲覧請求権が発生し情報漏洩リスク
- 非後継者への株式 → 次世代で従兄弟間の対立リスクが生じる
📊 事業承継税制の注意点:
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 手数料 | 数百万円程度 |
| 継続届出書 | 相続後5年は毎年、その後は3年ごとに提出が必要 |
| 適用判断 | 相続税が数百万円程度なら他の方法を検討 |
今すぐできる相続税対策
1. 養子縁組
- 効果: 基礎控除600万円増/人
- 実行: 書類提出のみ
- 人数制限: 実子ありなら1人まで、実子なしなら2人まで
- 孫養子: 相続税2割加算だが、二次相続をスキップできる
2. 生命保険の活用
- 非課税枠: 500万円 × 法定相続人の数
- 高齢者向け: 90歳でも契約可能な商品あり(一時払い1,000万円で保険金1,000万円など)
📊 相続税率表(参考):
| 取得金額 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 1,000万円以下 | 10% | - |
| 3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
| 5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
| 1億円以下 | 30% | 700万円 |
| 2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
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