ひとり社長の法人化判断ガイド
注意: 本記事の数値基準は2024年時点の税制に基づく。税制改正により変更される可能性があるため、最新の法令を確認すること。
ひとり会社のススメ
起業・独立する際は、自分の好きで得意な分野と社会的需要が交わる領域を選び、法人化(ひとり会社)を視野に入れることで、節税メリットと信用力を獲得できる。
起業分野の選定基準
✅ DO:
- 自分が好きで、かつ得意なことを仕事にする
- 今後世の中から必要とされる分野・ビジネスに取り組む
- 創業計画を立ててから起業する
❌ DON'T:
- 自分が嫌いなこと・不得意なことで起業する(人生を消耗する)
- 斜陽産業で起業する(リスクが大きい)
- 他人に「どの分野で起業すれば儲かるか」を聞くような安易な起業をする
💡 WHY: 社長になると一日の大部分を仕事に費やすことになる。好きでない仕事を続けることは精神的な消耗につながり、持続可能なビジネス運営が困難になる。
📊 数値基準:
- 設立後10年生き残る事業所は1割未満
法人化の2大メリット
✅ DO:
- 所得を役員報酬として分散し、超過累進税率の影響を軽減する
- 法人の信用力を活用して取引を拡大する
- 非常に小規模なビジネスでも法人化を検討する
❌ DON'T:
- 節税対策を放置する
- 個人事業主NGの取引先との取引機会を逃す(法人化で解決可能)
💡 WHY:
- 節税メリット: 所得税は超過累進税率(稼ぐほど税率上昇)だが、法人税はほぼ一定税率。役員報酬による所得分散で大きな節税効果を得られる
- 信用力: 法人は個人事業主より信用力が高く、取引が有利になる。個人事業主とは取引しない会社も存在する
📊 数値基準:
- 所得500万円を夫婦で250万円ずつ分散すると、適用税率が大きく下がる
副業時の法人活用
✅ DO:
- 副業収入を個人所得ではなく法人の売上とする
- 副業バレを防ぎたい場合は、自分への役員報酬をゼロにする
- 家族を役員にして経営関与の実態を備えた上で役員報酬を支払う
- 確定申告時に住民税を「普通徴収」で選択する
❌ DON'T:
- 副業禁止の会社で「特別徴収」を選択する
- 名ばかり役員を置く(経費否認リスクあり)
- 副業の赤字を損益通算する(バレるリスク増加)
💡 WHY: 法人化すれば副業収入が個人の所得として現れないため、経理的に会社にバレることがほぼ100%なくなる。
📊 数値基準:
- 副業所得が20万円を超えると確定申告義務が発生
個人事業 VS 法人
個人事業と法人の選択は「経営面」と「税制面」の2つの観点から判断すべき。所得300万円程度から法人化を検討し、売上ではなく課税所得を基準に判断することが重要。
法人化の判断基準
✅ DO:
- 課税所得を基準に法人化を検討する
- 税制面と経営面(信用力・取引の利便性)の両方を考慮する
- 専門家のアドバイスを得た上で慎重に検討する
❌ DON'T:
- 「売上1,000万円」を法人化の判断基準にする(これは消費税の課税事業者ラインにすぎない)
- 周りの人の無責任なアドバイスに左右される
💡 WHY: 売上だけでは課税所得金額がわからないため、所得税率や法人税率がどれくらいになるか判断できない。「売上1,000万円」は消費税の話であり、最も負担が大きい所得税・法人税の判断基準にはならない。
📊 数値基準:
- 所得300万円あたりから法人化を検討すべき
- 所得300万円の個人事業主が法人化すると、約25.8万円の節税効果(64.9万円→38.6万円)
⚠️ 落とし穴: 社会保険料の負担 上記の数値基準は所得税・法人税のみの比較であり、社会保険料を考慮していない。法人化すると社会保険への強制加入となり、役員報酬の約30%が社会保険料として発生する(会社負担・個人負担合計)。
例えば、役員報酬を年300万円に設定した場合、社会保険料は約90万円(月額約7.5万円)の追加負担となる。所得税での節税効果(約25万円)を大きく上回るケースもあるため、必ず社会保険料を含めたトータルでシミュレーションすること。
詳細なシミュレーションは別途提供予定。
所得税の理解
✅ DO:
- 超過累進税率の仕組みを理解する
- 所得控除を最大限活用する
- 青色申告を選択する(正規の簿記の原則が推奨)
❌ DON'T:
- 税制を理解せずに起業する
- 高額所得でも個人事業のまま放置する
💡 WHY: 所得税は超過累進税率のため、課税所得が増えるほど税率が上がる。個人事業主のMAX税率は所得税45%+住民税10%+事業税5%=60%にもなり、半分以上が税金として取られる。
📊 数値基準:
| 課税所得 | 所得税率 |
|---|---|
| 195万円以下 | 5% |
| 195万円超〜330万円以下 | 10% |
| 330万円超〜695万円以下 | 20% |
| 695万円超〜900万円以下 | 23% |
| 900万円超〜1,800万円以下 | 33% |
| 1,800万円超〜4,000万円以下 | 40% |
| 4,000万円超 | 45% |
- 住民税: 約10%(一律)
- 事業税: 3〜5%(年間所得290万円超で課税)
- 個人事業主の最大税率: 約60%
法人税の理解
✅ DO:
- 中小企業の軽減税率を活用する
- 課税所得800万円以下を目安に税率を計算する
- トータル税負担を「利益の約25%」と把握する
- 実効税率を使用して節税効果を計算する(表面税率ではなく)
- 税引前利益と所得の違いを理解する
❌ DON'T:
- 役員賞与を損金算入できると思い込む(原則不可)
- 税引前利益をゼロにしようとする(わずかな業績悪化で赤字転落)
- 表面税率だけで節税効果を判断する(事業税は翌期に控除される)
💡 WHY: 法人税は税率がほぼ一定で、中小企業には軽減税率が適用される。所得税の最高税率60%に比べ、法人のトータル税率は25〜35%程度と低い。
📊 数値基準:
| 課税所得 | 法人税率 |
|---|---|
| 800万円以下 | 15.0% |
| 800万円超 | 23.2% |
| 課税所得 | 法人事業税率(中小企業) |
|---|---|
| 400万円以下 | 3.5% |
| 400万円超〜800万円以下 | 5.3% |
| 800万円超 | 7.0% |
- 法人住民税均等割: 年7〜8万円以上
- 中小企業のトータル税負担率: 約25%(課税所得800万円程度の場合)
税引前利益と所得の違い
会計上の「税引前利益」と税務上の「所得」は異なる:
所得 = 税引前利益 - 前期の事業税
事業税は翌期に控除されるため、実質的な税負担は表面税率より低くなる。
実効税率と目標設計
節税効果の計算には実効税率を使用する。事業税の翌期控除を考慮した実質的な税率:
| 会社の所得 | 表面税率 | 実効税率 | 目標税引前利益 |
|---|---|---|---|
| 400万円以下 | 22.39% | 21.37% | 419万円 |
| 800万円以下 | 24.86% | 23.17% | 848万円 |
| 800万円超〜5,000万円以下 | 36.80% | 33.58% | - |
税引前利益848万円を目標に: 所得800万円を維持することで、実効税率を23%台に抑えられる。これを超えると34%の高税率が適用される。
💬 実務メモ: 利益を10万円減らした場合の節税効果 = 10万円 × 実効税率。表面税率ではなく実効税率で計算すること。
法人成りのタイミング
✅ DO:
- 取引上問題がなければ、まず個人事業でスタートし、利益状況を見ながら法人化する
- 消費税の免税期間を最大限活用する
- 個人事業で決算・申告を経験してから法人化する
❌ DON'T:
- 利益が見込めない段階で焦って法人化する
- 税務調査対策を怠る
💡 WHY: 個人から法人への「法人成り」をうまく活用すれば、消費税の免税期間を最大4年間以上適用できる場合もあり、大きな節税メリットが得られる。
📊 数値基準:
- 消費税免税期間: 最大4年間以上(法人成り活用時)
- 法人の税務調査頻度: 一般的に3〜5年に一度
法人設立コストの把握
✅ DO:
- イニシャルコストとランニングコストを区別して把握する
- 設立前に必要な費用を見積もる
❌ DON'T:
- コストを考慮せずに法人化を決定する
- 低価格のみで税理士を選ぶ
💡 WHY: 法人化には設立費用(イニシャルコスト)と毎年の維持費用(ランニングコスト)がかかる。これらを考慮しないと、節税効果が相殺されてしまう。
📊 数値基準:
イニシャルコスト(設立時):
| 項目 | 合同会社 | 株式会社 |
|---|---|---|
| 登録免許税等 | 最低6万円 | 最低15万円 |
| 定款認証費用 | 不要 | 約5万円 |
| 設立費用合計 | 約6万円〜 | 約20万円〜 |
ランニングコスト(年間):
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 住民税均等割(赤字でも発生) | 約7〜8万円 |
| 税理士顧問報酬 | 月額約3万円 × 12 = 約36万円 |
| 税理士決算料 | 約15〜20万円 |
| 年間維持費合計 | 約60〜65万円 |
※税理士に依頼しない場合は住民税均等割のみだが、法人税申告は複雑なため専門家への依頼を推奨
社会保険の理解
✅ DO:
- 法人化時には社会保険の強制加入を覚悟する
- 役員報酬金額設定時に社会保険料負担を考慮する
- 従業員を雇用している場合は、社会保険料負担を最重要視して法人化を判断する
- 税金と社会保険料をトータルで計算し、両方を減らす戦略を立てる
❌ DON'T:
- 法人設立後に社会保険未加入のまま放置する(年金事務所から厳しい催促あり)
- 「社会保険料を払えば老後が安心」と安易に考える
- 税金だけを見て節税判断をする(社会保険料を無視した役員報酬設定は危険)
💡 WHY: 社会保険は法人化最大のデメリット。額面給与に対して約30%と非常に負担が大きく、税金のように節税できない。年収1,500万円以下の給与所得者の場合、所得税・住民税の合計より社会保険料のほうが高い。法人所得800万円以下の会社では、法人税率(21〜23%)より社会保険料率(30%超)のほうが高い。役員報酬を増やすと法人税は減るが、それ以上に社会保険料が増える。
📊 数値基準:
- 社会保険料: 給与額面の約30%(会社と従業員で折半=各15%)
- 社会保険料率(40歳以上): 本人15.05% + 会社15.41% = 合計30.46%
- 月給60万円の場合: 社会保険料216万円/年 vs 所得税等73万円/年(社会保険料が3倍)
社会保険料の上限
高額報酬の場合、社会保険料には上限がある:
| 項目 | 上限月給 | 年間保険料上限 |
|---|---|---|
| 厚生年金・拠出金 | 月給65万円 | 約146万円 |
| 健康保険・介護保険 | 月給139万円 | 約197万円 |
| 合計上限 | - | 約343万円 |
月給65万円を超えると厚生年金の増加は止まるが、健康保険は月給139万円まで増加し続ける。
社会保険料の下限
社会保険料には下限があり、月給が1円でも最低保険料を支払う必要がある:
| 項目 | 下限月給 | 年間保険料下限 |
|---|---|---|
| 健康保険・介護保険 | 月給5.8万円 | 約8万円 |
| 厚生年金 | 月給8.8万円 | 約20万円 |
この特性を活かし、役員報酬を下限付近に設定して残りを配当で受け取る戦略がある(詳細は経費と節税実践11の手法を参照)。
個人事業の社会保険加入義務(業種別):
| 業種 | 強制加入ライン |
|---|---|
| 一般業種 | 常時雇用5人以上 |
| 飲食業・美容業・旅館業・娯楽業など | 任意適用(人数に関係なく強制ではない) |
| 士業(税理士・弁護士等) | 常時雇用5人以上(2022年10月〜) |
※2026年頃から全業種5人以上で強制加入に拡大される見込み(厚生労働省 懇談会資料)
⚠️ 従業員を雇用している場合の法人化判断 従業員がいる個人事業主は、社会保険の強制加入ラインを超えるまで法人化を急ぐ必要はない。法人化すると全従業員の社会保険料(給与の約30%)が発生するため、たとえ自分の所得が300万〜500万円あっても、社会保険料負担で法人化のメリットが消える。
- 一般業種: 従業員5人未満なら個人事業を継続
- 飲食業・美容業等: 現行制度では人数に関係なく任意適用のため、積極的に法人化する理由は薄い
⚠️ 年金制度の将来性について 「社会保険料を払えば老後が安心」という考えは危険。厚生労働省の2024年財政検証によると:
- 現在の所得代替率: 61.2%
- 将来の見込み: 50〜57%程度に低下
- 最悪ケース: 2059年に国民年金積立金が枯渇し、所得代替率は**33〜37%**まで低下
少子高齢化により、現役世代が受給する頃には払った額より明らかに少ない金額しか受け取れない可能性が高い。社会保険料は「将来への投資」ではなく「強制的なコスト」として捉え、可能な限り加入を遅らせる戦略が合理的。
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