水木しげるの幸福の七ヶ条、第六条「怠け者になりなさい(若い時はダメ)」の意味
水木しげるの「幸福の七ヶ条」を読み直していた。漫画家に向けた言葉として知られているけれど、改めて並べてみると、文章を書く人にもブログを続ける人にも、何かしらモノを作っている人全員に刺さる内容だった。
第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的にことを行なってはいけない
第二条 しないでいられないことを続けなさい
第三条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追求すべし
第四条 「好き」の力を信じる
第五条 才能と収入は別。努力は人を裏切ると心得よ
第六条 怠け者になりなさい(若い時はダメ)
第七条 目に見えない世界を信じる
ほとんどの条は、文字面どおり受け取れば話が通る。けれど、第六条だけ少し引っかかった。
「怠け者になりなさい」と言いながら、なぜ括弧書きで「若い時はダメ」と打ち消すのか。 矛盾しているように見える。
気になったので調べた。結論から書くと、第六条は 中年以降の人に宛てた処方箋 であって、若いうちは別ルールが走っている、という二段構えのメッセージだった。
先に結論
第六条をいちばん短く言い直すと、こうなる。
- 中年以降:意図的に怠けろ。身体が持たないし、本質じゃないことに反応していると本業が痩せる
- 若い時:怠けるな。「好き」と努力を貯金する時期で、ここでサボると後年の「怠ける自由」が手に入らない
「怠け者」は無気力のことではない。重要じゃないものに反応しない選別眼と、休む勇気 のことだ。
水木本人の言葉
第六条について、水木自身がいちばん直接的に書いているのはこの一節だった。
とくに中年期以降は愉快になまけるべきなのです。若い頃はなんとかなっても、だんだん身が持たなくなりますから。
そしてもう一箇所、若い時の例外を直接書いた一節がある。
自分の好きなことを自分のペースで進めていても、努力しなくちゃ食えん。だから、たまにはなまけないとやっていけないのが人間です。ただし、若いときはなまけてはだめです!
つまり水木は、人生をだいたい二つの時期に分けている。「好き」と努力を積む若い時期 と、積んだものを土台に怠ける選別眼を効かせる中年以降。
第六条は後半に向けた言葉で、括弧書きの「若い時はダメ」は、その前提を壊さないための注釈だった。
なぜ中年以降は「怠けるべき」なのか
調べた範囲で、理由は三つに整理できた。
- 身体が衰える。無理を効かせ続けると壊れる。中年以降の「怠け」は休息というより、燃え尽きないための保険
- どうでもいいことに反応しない選別眼が必要。年齢を重ねるほど、声をかけられる量も、頼まれごとも増える。全部に応えると本業が痩せる
- 行き詰まったら立ち止まる。壁にぶつかって出口が見えないときは、机にしがみつくより、いったん離れた方が能率が上がる
水木自身、戦争で左腕を失い、貸本漫画の極貧時代を抜け、ようやく『鬼太郎』が当たったあとは 過労で死にかける ほど描き続けた人だ。本人は「ずっと怠けられない状態が続いた」と振り返っている。
第六条は、その反省の上で書かれている。売れたあとに怠ける勇気を持てなかった自分への戒め という色がある。
なぜ「若い時はダメ」なのか
ここがいちばん引っかかったところだけれど、水木の人生に重ねると分かりやすかった。
水木が中年以降「好きなことを描いて食えた」のは、紙芝居・貸本時代に 誰にも評価されないまま妖怪を描き続けた20代〜30代の蓄積 があったからだ。あの時期に「好き」を貯金していなかったら、後年「愉快に怠ける」原資が無い。
つまり「若い時はダメ」は、根性論や精神論ではなく、構造の話だった。
- 若いうちに「しないでいられないこと」を積む(第二条)
- その積み上げが、中年以降に「重要じゃないことを断る土台」になる
- 土台があるからこそ、第六条の「愉快に怠ける」が成立する
若いうちにサボると、土台が無いまま中年に到達する。その状態で怠けると、それはただの停滞になる。水木が言いたかったのは、たぶんそういうことだ。
第二条と組で読むとつながる
第六条を単独で読むと「続けろ」と「怠けろ」が矛盾して見える。でも第二条と組で読むと、時系列の話だと分かる。
| 時期 | 効く条 | やること |
|---|---|---|
| 若い時 | 第二条「しないでいられないことを続けなさい」 | 評価されなくても「好き」を積む。怠ける余裕はないし、本当に好きなら怠けようがない |
| 中年以降 | 第六条「怠け者になりなさい」 | 積んだものを土台に、エネルギーの選別と回復を最優先にする |
ここに第五条「才能と収入は別。努力は人を裏切ると心得よ」がかぶさってくる。努力した分だけ報われる保証はない。だからこそ、若いうちは「報酬抜きで続けられるか」が問われ、中年以降は「報われなかった努力に縛られないこと」が問われる。
第二条・第五条・第六条は、別々の条というより、ひとつの時間軸を3枚重ねたもの に見えてくる。
自分への取り出し
七ヶ条を文章を書く側の自分に当てはめると、第六条の読み方はこうなった。
- 今の自分はまだ「土台を積む側」のフェーズだと思う。だから第六条を勝手に発動して、書くことや作ることをサボる口実にしてはいけない
- 一方で、年齢を重ねた未来の自分には「怠ける勇気」が必要になる。重要じゃないことに反応しないこと、行き詰まったら机から離れること、これは前もって練習しておかないと、中年期になって急に出来るものでもなさそう
- 練習として、今からでも 「本業を痩せさせる反応」だけは怠ける という小さい運用は始められる
第六条の括弧書き「(若い時はダメ)」は、若い人を縛るための注釈じゃなくて、怠けの正体が「選別眼」だと気づかせるためのヒント だったんだと思う。選別する目を持たないまま怠けると、ただ止まる。選別する目を持って怠けると、本業が太る。
水木が80代まで妖怪を描き続けられた理由は、たぶん七ヶ条のどれか一つではなくて、若いうちに第二条を、中年以降に第六条を、順番にきちんと使い切った ことにある気がする。
出典
- 水木しげる『水木サンの幸福論』角川文庫
- 「『なまけ者になりなさい。』漫画家・水木しげる『幸福の七カ条』とは」毎日が発見ネット
- 「はやく怠け者になりた〜い! | 水木しげる『水木サンの幸福論』」note(猪狩はな)