AIエージェント8000体が稼働 リコーが経営計画を2ヶ月から4時間に短縮した「順番」の話
社員3万人と、8000体のAIエージェントが、机を並べて働いている会社が日本にあります。
しかも、最先端のITベンチャーではありません。1936年創業、今年で90歳になる、あのリコーです。
「うちは古い会社だから、AIなんて無理」と思っている人ほど、この記事を読んでほしい。リコーがやったことは、特別な天才集団だからできたことではなく、順番を守っただけだからです。
リコーの数字を見ると驚きます。世界で約7万8000人、国内で3万人。そのうち国内では2026年1月末時点で、8000体のAIエージェントが動いています。しかもこの8000体を作っているのは、3000人弱の社員。全従業員のたった10%です。
「あの複写機の会社」だという点も重要です。物を作るビジネスが基盤で、今でこそデジタルサービスやAIの売上が半分を超えましたが、もともとは図面を手書きして次の人に渡す、コテコテの製造業。そういう伝統的な会社が、スタートアップより速くAIを回している。
日本には創業100年以上の企業が約4万5000社あり、世界の100年企業の半分以上を占めます。「古いから無理」ではなく、「古い会社こそ、まだ伸びしろが眠っている」ということです。
AIを2年使っても効果が出ない、3つの構造的理由
リコーには今、次のような相談が急増しているそうです。
「使いたいところにとりあえずChatGPTを入れて2年。でも、どうも効果が出ない。組織の壁を越えていかない」
心当たりのある人は多いのではないでしょうか。理由は3つあります。
1つ目は 生産性の壁。日本の労働生産性はOECD加盟38カ国のうち29位(2024年)で、米国の約半分。原因は属人的な仕事のやり方で、ITに投資しても仕事の進め方そのものが変わっていなければ生産性は上がりません。
2つ目は データの壁。企業内データの70〜90%は「非構造化データ」、つまり人についた勘・コツ・ノウハウ(暗黙知)です。この整理をしないまま「うちの仕事を手伝って」と依頼しても、AIに渡すデータがそもそも汚い。表が入った瞬間にPDFが読めなくなる、秘伝のタレはクラウドに上げたくない、といった葛藤も出てきます。
3つ目が 順番の壁。使いたい業務にいきなりAIを放り込んでも、土台ができていなければ効きません。「使いたい所に2年」で頭打ちになるのはこの構造的な問題です。
Step 1: まず仕事を「見える化」して、2割の無駄を消す
リコーが最初にやったのはAI導入ではありません。社員に「働く余白」を作ることでした。
アップデートも新しい技術も、時間のない人には使えない。だからまず時間を空ける、をStep 1にしました。
具体的には、1000人・115セクションで 今どんな仕事をしているかを全社で見える化 します。すると面白い発見が出ます。コロナの在宅勤務のとき「何をやっているか分からないから確認のための会議をやろう」というのが増えていた。数字で見ていくとマネジメントが「この仕事、もうやらなくていいですよね」と気づく。これで5〜6%の仕事がやめられる。
次に、似た仕事を複数の組織が別々にやっていたのを1つに寄せる。また少し減る。そして残った「本当に必要な仕事」を標準化する。標準化できると、今度は自動化の技術が効くようになる。
これを1年ちょっとしつこく続けて、リコーは 業務の20%を改善 しました。
盗める学びが1つ。日本の「みんなで拾って繋いでいく」働き方は良さでもあるのですが、「やらなくていい仕事」を生み出していた。誰かが落としたボールを、自分の仕事ではないのにみんなで拾う。優しいのですが、仕事だけがどんどん増えていく。まず自分の仕事を1週間見える化するだけで「あれ、この会議いる?」が見えてきます。
Step 2: 全員が「1つだけ」AIを使い始める
20%改善のうち10%くらい目処が見えた時点で、リコーは次の手を打ちます。「全社員が、仕事の中で1つだけAIを使う」。
ここでポイントなのが、いきなり全員に丸投げしていないことです。まず「このAIなら安全に使っていいですよ」というガードレールを設計し、教育と成功事例をワークショップで共有します。土台(Step 1の見える化と標準化)があるのでAIに渡すデータがきれいで、AIが効く。この順番。結果があの8000体です。
分かりやすい具体例を1つ。リコーはお客さんの経営課題を聞いて解決するビジネスも持っています。大手企業のCEOやCIOと話すため事前準備が大事で、ベテラン社員が統合報告書や公開情報を全部読んで「この会社の課題はこうだな」と仮説を立てる。これが1社あたり4〜5時間 かかっていました。
そのベテランの暗黙知をAIに覚えさせたら、AI同士が仮説検証をしながら提案書の案を作ってくれるようになった。ベテランの時間が75%削減。1社あたり4〜5時間かかっていた作業が、1時間ちょっとで終わる。
削減の意味は「早く帰れる」だけではありません。削れた時間を、顧客との接点回数を増やす方に振り直せる。事前準備で4時間潰していたベテランが、代わりに新規の顧客訪問1〜2件を増やせる。しかも副産物として、そのベテランの勘が中堅や若手にも伝わる。AIと一緒に働くことで暗黙知が伝承されていく効果もありました。
この構造はマーケティング部門だけではなく、バックオフィスでもSCMでも販売の最前線でも、同じような効果が複数出ているそうです。あなたの会社の「毎回ゼロから資料を読み込む作業」も、同じことができるかもしれません。
会議コスト自体も、いまはマイクとPCを1台用意すれば議事録を自動で作れる時代です。誰が発言したか厳密に把握する必要がなければマイクは1つで足りる。技術的な難易度はすでにほとんどありません。Step 1の「余白を作る」の中で、標準化以前に道具でショートカットできる部分は先に潰しておくのが早い。
Step 3: 浮いた時間で、人を「創造的な仕事」へ回す
ここが本丸です。空いた時間で、人にしかできない仕事をさせる。
リコーには、こんな会議室があります。大型のLEDディスプレイの裏に5つのAIが実装されていて、社員が議論すると発言を文字にし、正しい日本語に直し、意味を理解して構造化してくれる。だから社員は議論とアイデア出しだけに集中できる。最後に「これ面白いね」と投票して意思決定する進行役サポートまでAIがやってくれる。
すごいのはここからです。来年から始まる中期経営計画。経営幹部10人くらいでこの部屋でディスカッションした。従来のやり方ならおそらく 2ヶ月かかる内容が、4時間で終わった そうです。
3ステップの並びで見ると
3つのステップを並べるとこうなります。
「人を創造的な仕事へ回す」という話は、ゲストとして番組に出ていた経営学者・楠木建さんの言葉がしっくりきました。
働くことには、ワークとプレイ の2つがある。
ワークはスキルを提供して対価を得ること。決まったルールの中の作業で、これはAIの方が速いし、正確だし、疲れない。プレイは違う。大谷翔平選手のように、その人ならではのセンスや判断で価値を出す仕事。AIが奪うのは決まった作業のワークで、人に残るのはセンスと判断のプレイ。だからAIをうまく使うほど、人間の仕事はむしろ高度になっていく。
100時間の使い方が、こう変わる
同じ100時間を、AI導入前後でどう配分するか。バーチャートで整理するとこう見えます。
BEFORE は プレイ 10%、ワーク 90%。ワークの中身は、必要作業のほか、会議コスト・重複した仕事・標準化されていない仕事 が積み上がっています。Step 1で見える化してみたら、この3層に大きな塊があった、というのがリコーの発見。
AFTER は プレイ 40%、ワーク 60%。ワーク90 → 60 の差分30ポイントは、会議・重複・未標準化のワーク層が畳まれた分です。ここで大事なのは「削減して早く帰る」ではなく、空いた30ポイントをプレイ側に足している こと。顧客との接点回数・意思決定・新しい仕組みの企画に、時間が回るようになる。
顧客準備 4〜5時間 → 1時間、経営計画 2ヶ月 → 4時間は、いずれもこの配分の描き直しから生まれた結果です。
あなたの会社で始めるには — まず「1個だけ」から
リコーの結論はシンプルです。
「使いたいところに、すぐAIを入れない」
順番を守る。
- まず仕事を見える化して、時間を作る
- 無駄を取って、似た仕事を寄せる
- 標準化する
- そこで初めて、AIを正しく使う環境を整える
もう1つ大事な学びがあります。AIには2つの面がある。
1つは、苦痛な作業をなくす マイナスをゼロに。早く家に帰れる、面倒が消える。これはすぐ喜ばれる。でもこれだけだと続きません。
もう1つの ゼロからプラスへ。人が新しい価値を生む方まで設計して、初めてAI導入は本物になる。「昨日より今日、今日より明日が良くなって、その活動に自分が関わっている」という実感が人を動かします。
まず1個だけ動かす
明日から全部やろう、ではありません。経営者が小さくゴールを決めて、まず1個だけ現場に提供する のが導入のコツです。「経費精算の入力を月1時間短縮する」「顧客の事前準備を4時間から1時間に」といった小さくて具体的なゴールを、経営者側で決める。それを1つだけ、現場に「これ使ってみて」と渡す。
1個うまく回れば、現場が2つ目・3つ目を自分で見つけ始めます。「全社展開」を目標にしない。1個の成功を、社内で見せられる形に残す。
中小事業者は、リコーとは前提が違う
リコーが「うちができたんだから、他の企業も絶対できる」と言うのは正しい。ただし、そのままの手順ではない、というのは自覚しておく必要があります。
リコーには大企業のリソースと優秀な人材がいて、1000人・115セクションを見える化するプロジェクトを設計・実行できるコンサルタント的な機能を社内に持てる。中小事業者にはそれがない。5人・10人の会社で同じことをやろうとしても、そもそも見える化を主導する余力がない。
じゃあ諦めるか、というとそうではありません。AIと共に言語化していく作業 をやればいい。
「うちの経理業務ってどんな作業があるっけ」を、経営者が思いつくままChatGPTに話す。ChatGPTが構造化して聞き直してくれる。「その作業、月に何回やってますか」「それは他の人もやっていますか」と質問される。答えていくうちに、自分の頭の中にしかなかった業務が言語化される。これはリコーが1000人でやったことを、中小事業者は経営者1人+AIでミニチュア版としてやる、という話です。
見える化のインフラを社内に持てないから、その代わりに AIを見える化のパートナーとして使う。そこから先の順番(やめる → 寄せる → 標準化 → AIを載せる)は、規模が違ってもリコーと同じ。
明日から1週間
まず、自分の仕事を1週間見える化してみてください。手書きでも、スプレッドシートでも、ChatGPTに話しかけて構造化してもらう形でもいい。
見える化した中から、次の条件で1つだけ選ぶ。
- 月に1回以上やっている
- 定型部分が8割以上
- ミスしても事業の存続に関わらない
- 今やっている時間が30分以上
- 経営者・マネジメント層自身がやっている業務
選んだ1個だけ、来月半分の時間で終わらせる。浮いた時間は「早く帰る」ではなく、顧客との会話や新しい仕組みの企画 に振り直す。ここまで設計しないと、AI導入は本物になりません。
90年の老舗にも、あなたの会社にも、まだ誰も掘り出していない宝が眠っています。まずは順番を守るところから。