M&Aの借入で株主のIRRが12.5%から22%に上がる仕組みを、貸借対照表と損益の箱で追う
M&Aの借入で株主のIRRが12.5%から22%に上がる仕組みを、貸借対照表と損益の箱で追う
M&Aで借入を使うと株主のIRR(内部収益率、投じた自己資金が年何%で回ったか)が上がる、という説明を目にした。 要点はこうだった。
EV/EBITDA 4倍、EBITDAからFCFへの転換率50%の会社を考える。FCFマルチプルは8倍なので、借入なしのIRRは12.5%になる。ここで買収価格の50%を借入で賄う。金利をいったん無視すると、自己資金は半分になる一方、事業から生まれるFCFは変わらない。したがって、金利考慮前のEquity IRRは12.5%から25%に上がる。ここから借入金利を引く。金利3%ならIRRが単純に3%下がるようにも見えるが、金利はDebtに対して発生するため、Equityへの影響は借入金利×D/Eになる。今回はD/Eが1倍なので、3%×1=3%。したがってEquity IRRは25%−3%=22%になる。
文章だけだと、どの数字がどこから来たのかを追うのに一手間かかる。 そこで、貸借対照表(BS)と1年分の損益(PL)を箱にして横に並べ、借入なしと借入50%を上下に置いた。 先日書いた不動産投資のレバレッジの記事と同じ式が、買収先の側から見えてくる。
先に結論
- 借入が動かすのは分母(自己資金)で、分子(事業が生むFCF)は動かない。分母が半分になるので、率は倍になる
- 金利は借入に対して発生するので、株主のIRRを削る幅は「金利 × D/E」になる。D/E 1.0なら3%がそのまま3ポイントになる
- 3つを1つの式にすると「株主IRR = 事業の利回り + (事業の利回り − 金利) × D/E」。不動産の記事で使ったROEの式と同じ形である
設例の数字
説明に出てきた条件をそのまま使う。
| 項目 | 値 | 計算 |
|---|---|---|
| EBITDA | 100 | 設例 |
| EV/EBITDA | 4倍 | 設例 |
| 買収価格(EV) | 400 | 100 × 4 |
| EBITDA → FCF 転換率 | 50% | 設例 |
| FCF | 50 | 100 × 50% |
| 事業の利回り(借入なしの株主IRR) | 12.5% | 50 ÷ 400(FCFマルチプル8倍の逆数) |
| 借入 | 200 | 400 × 50% |
| 自己資金 | 200 | 400 − 200 |
| D/E | 1.0 | 200 ÷ 200 |
| 金利 | 3% | 設例 |
| 支払利息 | 6 | 200 × 3% |
| 株主に残るFCF | 44 | 50 − 6 |
| 借入50%の株主IRR | 22.0% | 44 ÷ 200 |
EBITDAは、利払いと税金と減価償却を引く前の利益である。 FCFは、そこから税金、設備投資、運転資本の増加を引いて残る現金を指す。 転換率50%は「EBITDAの半分が現金として残る」という意味になる。
1. 借入は分母を半分にして、分子を6だけ減らす
読み方は左から右へ。
- 貸借対照表(買収時点)。左の箱が買った事業(EV 400)、右の箱が「そのお金を誰が出したか」。借入なしなら自己資金400が丸ごと、借入50%なら借入金200の下に自己資金200が入る。左右の箱の高さは同じで、借入は右側の中身を組み替えるだけである
- 損益(1年分のキャッシュ)。EBITDA 100から、税金、設備投資、運転資本で50が出ていってFCF 50。ここまでは上下の行で1ピクセルも違わない。借入があると、そこから支払利息6が貸し手へ行き、株主に残るのは44
- 株主IRR。株主に残るFCF ÷ 自己資金。上の行は 50 ÷ 400 = 12.5%、下の行は 44 ÷ 200 = 22.0%
箱の色は意味で固定した。 薄いグレーは事業そのもの(EV、EBITDA、FCF)、濃いグレーは株主のもの(自己資金、株主に残るFCF)、ピンクは借入に関わるもの(借入金、支払利息)、いちばん薄いグレーは会社の外へ出るもの(税金、設備投資、運転資本)である。 下の行でピンクが2箇所に現れる。 貸借対照表の借入金200が損益の支払利息6を生み、それ以外は何も変えていない。
上の行と下の行で変わったのは、右側の濃いグレーが半分になったことと、株主に残るFCFが50から44に減ったことの2つだけである。 分母は半分、分子は12%減。 だから率は12.5%から22.0%へ、1.76倍になる。
2. 金利がIRRを削るのは、金利 × D/E のぶんだけ
元の説明が2段階に分けていた計算を、そのまま棒にした。
- 自己資金が半分になる効果で、12.5%が25.0%になる。式にすると 12.5% × (1 + D/E) = 12.5% × 2
- 金利3%は借入200に対して発生するので、金額は6。それを自己資金200で割ると3ポイント。つまり 金利 × (借入 ÷ 自己資金) = 金利 × D/E
- 差し引きで22.0%
「金利3%だからIRRが3%下がる」と読めてしまうのは、D/Eがたまたま1.0だからである。 借入割合を60%にするとD/Eは1.5になり、同じ金利3%でも削られる幅は4.5ポイントになる。
3. 不動産の記事と同じ式が、買収先の側に現れる
現金10億円のPE投資家が不動産営業を止めた「なぜ?」で使った式と、次の点で同じ骨格になっている。
| 論点 | 不動産の記事 | 今回(M&A) |
|---|---|---|
| 式 | ROE = ROA + (ROA − 金利) × 負債 ÷ 自己資金 | 株主IRR = 事業の利回り + (事業の利回り − 金利) × D/E |
| 数字 | 5.0 + (5.0 − 1.5) × 4 = 19.0% | 12.5 + (12.5 − 3) × 1 = 22.0% |
| 率と額 | ROEは5%→19%、手取りは2,500万円→1,900万円に減る | IRRは12.5%→22%、株主に残るFCFは50→44に減る |
| 借入が乗る場所 | 不動産ローンは自分の貸借対照表に乗る | 買収ファイナンスは買収先(SPC)の貸借対照表に乗る |
| 逆転条件 | ROAが金利を下回ると逆レバレッジ | 事業の利回りが金利を下回ると、借りるほどIRRが下がる |
同じ式なので、不動産の記事で書いた「レバレッジが上げるのは率であって額ではない」は今回もそのまま成り立つ。 株主に残る現金は50から44へ減っている。 率が上がるのは、その44を半分の元手で取っているからにすぎない。
違うのは、借入の乗る場所である。 不動産の記事の主題は「自分の貸借対照表に借金を置きたくない」だったが、図1の貸借対照表は買収先(あるいは買収用のSPC)のもので、投資家個人のものではない。 不動産の記事の第4節で「買収ファイナンスは買収先に乗る」と書いた。 その中身を、今回の図が数字で追ったことになる。
4. 何を動かすとIRRがどれだけ動くか
式「株主IRR = r + (r − i) × D/E」のr(事業の利回り)は、FCF転換率 ÷ EV/EBITDA で決まる。 したがって、動かせる変数は4つ。 エントリーマルチプル、FCF転換率、借入割合(D/E)、金利である。 元の説明が「エントリーマルチプルやレバの変化がリターンに与えるインパクト」「FCF conversionやCapExの重要性」と言っていたのは、この4つの感応度のことだ。
表1: エントリーマルチプル × 借入割合(FCF転換率50%、金利3%)
| EV/EBITDA | 事業の利回り r | 借入 0% | 借入 30%(D/E 0.43) | 借入 50%(D/E 1.0) | 借入 60%(D/E 1.5) |
|---|---|---|---|---|---|
| 4倍 | 12.5% | 12.5% | 16.6% | 22.0% | 26.7% |
| 5倍 | 10.0% | 10.0% | 13.0% | 17.0% | 20.5% |
| 6倍 | 8.3% | 8.3% | 10.6% | 13.7% | 16.3% |
| 8倍 | 6.3% | 6.3% | 7.6% | 9.5% | 11.1% |
同じ50%借入でも、4倍で買えば22%、8倍で買えば9.5%。 マルチプルが倍になるとrが半分になり、レバレッジの上乗せ (r − i) × D/E も一緒に縮む。 高く買った案件は、レバレッジで取り返せない。
表2: FCF転換率 × 借入割合(EV/EBITDA 4倍、金利3%)
| FCF転換率 | 事業の利回り r | 借入 0% | 借入 30% | 借入 50% | 借入 60% |
|---|---|---|---|---|---|
| 30% | 7.5% | 7.5% | 9.4% | 12.0% | 14.2% |
| 50% | 12.5% | 12.5% | 16.6% | 22.0% | 26.7% |
| 70% | 17.5% | 17.5% | 23.7% | 32.0% | 39.2% |
FCF転換率が30%か70%かで、同じ4倍、同じ50%借入のIRRが12%と32%に分かれる。 転換率を下げる主犯は、設備投資(CapEx)と運転資本の増加である。 EBITDAが同じでも重い設備投資が要る事業はrが低く、レバレッジをかけても伸びない。
表3: 金利 × 借入割合(EV/EBITDA 4倍、FCF転換率50%)
| 金利 i | 借入 0% | 借入 30% | 借入 50% | 借入 60% |
|---|---|---|---|---|
| 3% | 12.5% | 16.6% | 22.0% | 26.7% |
| 6% | 12.5% | 15.3% | 19.0% | 22.2% |
| 10% | 12.5% | 13.6% | 15.0% | 16.2% |
| 12.5% | 12.5% | 12.5% | 12.5% | 12.5% |
金利が事業の利回り(12.5%)に届くと、借入割合を変えてもIRRは動かない。 ここが損益分岐で、これを超えると借りるほど下がる。 不動産の記事で書いた逆レバレッジの条件と同じである。
前提と注記
- 株主IRRは「株主に残るFCF ÷ 自己資金」で出している。FCFが毎年一定で、買ったときと同じ倍率で売り、借入は出口で元本をそのまま返す前提なら、この利回りはIRRと一致する(毎年のキャッシュが一定で最後に元本が戻る投資のIRRは、クーポン利回りに等しい)
- 支払利息の税効果は入れていない。元の説明が金利をそのまま引いているので従った。法人実効税率30%を入れると税引後の金利は2.1%になり、IRRは 12.5 + (12.5 − 2.1) × 1.0 = 22.9% に上がる
- 元本返済によって年々利息が減る効果、出口でのマルチプルの変化、買収に伴う手数料も入れていない。感覚をつかむための概算であって、案件の評価には使わない
- 図1の貸借対照表の箱と損益の箱は、縦のスケールが別である(貸借対照表は1単位0.5px、損益は1単位2px)。同じスケールで描くと支払利息6が3pxになって見えなくなるため
- 図と感応度表は生成スクリプト(
memo/2026-09-13/ma-leverage-equity-irr/build-figures.mjs)で作り、EV = 借入 + 自己資金、FCF = 利息 + 株主に残るFCF などの恒等式を検算してから書き出している