ゴールドマンの「US High Beta Momentum」が月間-37%|あのチャートは株価ではなく「同じ側に賭けた人の量」を測っている

開発financial-data

ゴールドマンの「US High Beta Momentum」が月間-37%

Hedgeye の投稿が流れてきた。「ゴールドマンのハイベータ・モメンタムバスケット、史上最悪の月間パフォーマンスに向かう軌道にあり、2000年と2009年よりも悪い」。添えられたチャートは1999年から現在までの月次騰落率を緑と赤の棒で並べたもので、右端の2026年7月だけが -37.07% と、過去のどの棒よりも下に突き抜けている。

これが何を測っているチャートなのかを調べた。結論から言うと、株価指数の下落率ではない。「同じ方向に賭けていた人が、どれだけ一斉に降りたか」を測る目盛りである。

この記事の結論

  • チャートの正体は、ゴールドマン・サックスがプライムブローカレッジ(ヘッジファンド向け業務)で集計しているファクター・バスケットの月次騰落率。Bloomberg 上のティッカーは GSPRHIMO として報じられている。一般公開の株価指数ではなく、顧客が端末で参照する社内バスケットである。
  • 中身は買いと売りの2本立て。買い持ちは「直近11か月のリターンが強く、値動きの大きい(高ベータな)銘柄」、売り持ちはその逆。2026年前半の買い持ち側は AI・半導体・メモリに強く偏っていたと報じられている。
  • だから -37.07% は「株が37%下がった」ではない。買った側が下げ、同時に売った側が上がると、損失は足し算で効く。7月はその両方が同時に起きた。
  • 過去に大きく凹んだ月が2000年と2009年に集中しているのは偶然ではない。モメンタムは平常時に淡々と稼ぎ、みんなが同じ側に乗り切ったところで逆回転すると一気に吐き出す。学術的には「モメンタム・クラッシュ」と呼ばれ、2009年3〜4月の2か月で -45.6% という記録が残っている。
  • ただし2026年7月は2009年型(暴落のあとの反発で負け組が急騰する)とは成り立ちが違う。市場全体が崩れたわけではなく、AI・半導体に人が寄りすぎたところで手仕舞いが始まった、ポジション側の事故に近い。
  • このチャートから読めるのは「持ち高の偏りがどれだけ激しく解消されたか」まで。個々の会社の業績が悪くなったかどうかは、このチャートには入っていない。

そもそも何のチャートなのか

公開指数ではなく、ゴールドマンが顧客向けに集計しているバスケット

S&P500 やナスダック総合のような公開指数ではない。ゴールドマンはヘッジファンド向けの業務のなかで、投資の「くせ」ごとに銘柄をまとめたバスケットを作り、その騰落を顧客に提供している。バリュー、グロース、高ベータ、モメンタム、ヘッジファンドの人気銘柄などが並ぶシリーズの1本が、このハイベータ・モメンタムにあたる。

だから構成銘柄・ウエイト・リバランスの頻度は公表されていない。Hedgeye のチャートの出典欄が「Hedgeye Risk Management, Bloomberg」になっているのは、端末で取れる時系列を Hedgeye 側が描き直しているためである。以下の中身の説明も、ゴールドマンの公式ドキュメントではなく、同社のノートを引用した報道に基づく。

「モメンタム」の定義 — 上がった銘柄、ではない

報じられているゴールドマンの定義はこうだ。直近11か月(1か月ラグ)の日次リターンを市場に対して回帰したときの、アルファ項の t 値

噛み砕くと2つのことを同時に見ている。ひとつは「市場全体の動きで説明できる分を差し引いても、なお強かったか」。もうひとつは「その強さは偶然と言えないくらい安定していたか」。t 値を使うので、上げ幅が大きいだけで日々の値動きがバラバラな銘柄は評価が下がる。単純な「値上がり率ランキング」より、地道に強かった銘柄が上位に来る作りになっている。

直近1か月を除く(1か月ラグを置く)のは、上げすぎた直後に起きる短期の反動を拾わないためである。これはモメンタム戦略の標準的な作法だ。

「ハイベータ」がかかっている場所

ベータは、市場が1%動いたときにその銘柄が何%動くかを表す。ハイベータは市場より大きく振れる銘柄のこと。

つまりこのバスケットは、モメンタムが強い銘柄のなかでも振れ幅の大きいものに絞ったバージョンである。上がるときも下がるときも増幅されるので、同じモメンタムでもこの版が最も派手に動く。「今どこまで人が乗っているか」の温度計として見られているのは、この増幅のためだ。

買いと売りの2本立て

報道はこのバスケットを「ペア」と呼び、買い持ちの側(long leg)と売り持ちの側(short leg)を区別している。2026年前半の時点で、買い持ち側は AI 関連のテーマに最も集中しており、売り持ち側は構造的な成長テーマに乗っていない銘柄・黒字化していない銘柄・ソフトウェアなどが中心だったと報じられた。

ここが -37% を読むうえで一番大事なところになる。

ハイベータ・モメンタムのバスケットは買い持ちと売り持ちの2本立てで、2026年7月は買った側が下落し売った側が上昇したため損失が足し算になったことを示す図
図1: 買った側の下げと売った側の上げが同時に来ると、損失は足し算になる

買い持ちだけのバスケットなら、-37% は「持っている銘柄が37%下がった」を意味する。しかし2本立てのペアでは、買った側が20%下げ、売った側が15%上がれば、それだけで35%が消える。7月に起きたのはこの形だった。

なぜ2000年と2009年が引き合いに出されるのか

チャートで下に大きく飛び出している棒が、2000年前後と2009年前後に集中しているのは偶然ではない。モメンタムという戦略には、平常時にこつこつ稼ぎ、ごくたまに一気に吐き出すという固有のくせがある。

学術的にはこれを「モメンタム・クラッシュ」と呼ぶ。Kent Daniel と Tobias Moskowitz の研究では、モメンタムのクラッシュは市場が下げたあとのパニック局面で、ボラティリティが高いときに、市場の反発と同時に起きるとされる。2009年3月と4月はモメンタムの月次で歴代7番目・4番目に悪い月で、この2か月だけで -45.6% を記録した。

仕組みはこうだ。暴落局面を経ると、「直近11か月で弱かった銘柄」=売り持ちの側は、潰れかけた高ベータ銘柄の寄せ集めになる。市場が底を打って反発すると、この売り持ち側が最も激しく戻る。売っている銘柄が一番上がる、という最悪の順番になる。2000年から2002年のドットコムの巻き戻しも同じ構図だった。

ただし、2026年7月はこの型と成り立ちが違う。 市場全体が暴落したあとの反発ではないからだ。次の節で見る。

2026年7月に何が起きたのか

2026年上半期にプラス57%まで積み上がったハイベータ・モメンタムが、持ち高の偏り、7月上旬の急落、売り持ち側の反発、ヘッジファンドの手仕舞いを経て月間マイナス37.07%に至るまでの順番を示す縦フロー図
図2: 引き金は1本のレポート、効いたのは全員が同じ側にいたこと

上半期に +57% まで積み上がっていた。 ゴールドマンはハイベータ・モメンタムが2026年上半期に約57%上昇したと書いており、記録的な走りだったと評価している。買い持ち側の中身は AI テーマに集中していた。

持ち高が片側に寄っていた。 同社はこの時点で、モメンタム・ファクターへのエクスポージャーが過去5年で92パーセンタイルの水準にあると指摘していた。7月に入る前から「夏の調整に注意」とアラートを出していたことになる。同社が挙げていた懸念は3つ、記録的な上昇幅、持ち高の偏り、そして「サプライズの余地がほとんど残っていない」ことだった。

7月上旬、2営業日で -18%。 引き金として報じられたのは、NVIDIA の次世代ラック構成でプリント基板の製造に問題があり、量産が遅れる可能性があるという調査会社のレポートだった。このバスケットは2営業日で18%下げ、コロナショック以来もっとも大きい2日間の下落になった。台湾・中国・韓国の基板・メモリのサプライチェーンにも同時に売りが広がっている。

同時に、売り持ちの側が戻った。 ゴールドマンが事前に懸念していたのは「売り持ちのバスケットが下から突き上げるほど強く反発して、ペアが壊れる」形だった。実際、年初に叩き売られていたソフトウェアは4月の安値から25%戻しており、資金は AI から景気敏感・住宅・ソフトウェアへ回っていた。買った側が落ち、売った側が上がる。図1で見た足し算がそのまま起きた。

ヘッジファンドが降りた。 ゴールドマンのプライムブローカレッジのデータでは、ヘッジファンドは米テック株を直近8週のうち6週で売り越しており、累計の売りは同社の10年超のデータで最大級、2024年夏の投げ売りに匹敵する水準だと報じられた。総建玉は高いまま、ネットのエクスポージャーだけが床近くまで落ちている。つまり買いを畳んでヘッジを厚くする動きで、リスクそのものは降りていない。

個別銘柄の振れが異常に大きくなっていた。 同時期、S&P500 全体のインプライド・ボラティリティが約16%なのに対し、平均的な個別銘柄は約40%に達していたという指摘がある。指数は静かなのに中身は激しく動いている、という状態である。

Q&A — ヘッジファンドの側から見ると、この数字は何なのか

ここまでで一番わかりにくいのは、「棒が赤いとき、実際には誰の身に何が起きているのか」だと思う。作った側と使う側の視点で整理しておく。

Q1. マイナスに振れているとき、実際には何が起きているんですか

そのやり方をしていた人が、その月に負けた。 それだけである。

このバスケットの騰落率は、「勝ち組を買い、負け組を売る」という建て方をそのまま組んだときの損益そのものだ。だから赤い棒は、その月にその建て方をしていた人が、その分だけ負けたという記録になる。株価指数のように「市場がどうだったか」を表しているのではなく、特定のやり方の成績表を表している。

-37.07% は「そのやり方をしていた人が、7月に3割7分負けた」と読む。

Q2. なぜゴールドマンがこの数字を持っているんですか

同社がヘッジファンドのプライムブローカーだからである。プライムブローカーは、空売りする株を貸し、資金を融通し、担保を預かる役回りで、顧客の建玉を日々見る立場にいる。だから「いま顧客たちがどんな本を持っているか」の平均像を作れる。このバスケットは、その平均像を模したモデルポートフォリオにあたる。

チャートの出所が「顧客の実際の建玉を見ている当事者」である点は、読むときに効いてくる。市場の外から推定した指標ではない。

Q3. 株なら37%下げても6割は残る。なぜ -37% がファンドにとって致命的なんですか

建て方が違うからだ。

ロング・ショートのファンドは、預かり資産に対して2〜3倍の総建玉を持つのが普通で、その倍率のぶんだけ損益が増幅される。加えて、損が出れば証拠金の追加を求められ、社内のリスク上限にも当たる。個人なら選べる「耐えて待つ」が、制度として選べない。

だから同じ -37% でも、現物で持っている人の -37% とは意味が違う。損の大きさより、「降りることを強制される」ことのほうが本質的に効く。

Q4. 売った側が上がるのは、買った側が下がるより痛いんですか

仕組みの上で痛い。

持っている株が下がると、その持ち高は放っておいても小さくなる。ところが空売りしている株が上がると、その持ち高は放っておくと大きくなる。負けているポジションのほうが自動的に膨らむ。 だから買い戻しを迫られ、その買い戻しがさらに株価を押し上げる。踏み上げと呼ばれる状態で、モメンタムの崩れ方が速く激しいのはこれが理由である。

7月に「売り持ちの側が戻った」ことを重く見るのは、そのためだ。

Q5. つまり自分たちの動きで数字を悪くしているということですか

そのとおりで、ここがこのチャートを読むうえで一番大事なところだと思う。

同じ持ち高に人が集まった状態で損が出ると、証拠金とリスク上限に当たって手仕舞いを迫られ、全員が同じ売買をするため値がさらに動いて損が増える循環を示す図
図3: 損失が手仕舞いを呼び、その手仕舞いがさらに損失を呼ぶ

全員が同じ本を持っているので、全員が同じタイミングで手仕舞う。買っていたものを売り、売っていたものを買い戻す。その売買が値をさらに同じ方向へ押す。損失 → 手仕舞い → さらに損失、という輪が回る。

だから、赤い棒が異常に長い月は「悪い材料が特別に大きかった月」とは限らない。むしろ 「同じ本を持っていた人が特別に多かった月」 であることのほうが多い。7月の引き金が、需要の悪化ではなく製造遅延に関する一報だったのは、その典型である。

Q6. 誰かが損したなら、誰かが得しているんですか

している。反対側に張っていた人 — 出遅れた銘柄を買う、割安なものを拾う、逆張りをする — には、同じ相場が追い風になる。7月にソフトウェアや景気敏感が上がったのは、この裏返しだ。

ファクターの世界では、片方の敗北がほぼそのまま反対側の勝利になる。「市場から資金が消えた」のではなく「市場の中で持ち主が変わった」と読むのが正しい。

Q7. 現物で買っているだけなら、-37% が来るんですか

来ない。この数字は買いと売りの合成で、しかもレバレッジのかかった建て方を前提にしている。買い持ち側の銘柄を現物で持っている人に来るのは、買い持ち側の下げ分だけである。

逆に言えば、この数字の派手さの相当部分は、建て方が作り出したものだということでもある。

Q8. マイナスが止まるのは何がきっかけですか

売らされる人がいなくなったとき。 材料が改善したときではない。

強制的に降ろされる人の在庫が尽きれば、下向きの圧力はそこで消える。だから見るべきは「まだ売らされている人がいるか」で、持ち高の指標(ネットのエクスポージャー、混雑度)が普通の水準に戻ったかどうかが目安になる。ニュースの良し悪しを追っても、この輪の終わりは見えない。

Q9. これは「AI が終わった」という意味ですか

このチャートからはそう言えない。測っているのは持ち高であって、需要ではないからだ。同じ7月に、決算はむしろ強かった。

「AI が終わった」かどうかを確かめたいなら、見る場所が違う。受注、ガイダンス、メモリ価格、輸出統計 — 値段と持ち高の外側にある数字を見る必要がある。

このチャートで分かること・分からないこと

分かること

持ち高の偏りが、どれだけ激しく解消されたか。それだけでも十分に重い情報で、ゴールドマンのトレーダーは「『AI なら何でも買う』相場は終わり、差別化が戻ってくる。市場は『ベータ』ではなく『質と実行』を評価する」とコメントしている。同社は下半期の避難先として、ソフトウェア、債券、米国の低ボラティリティ株、不動産、連続増配銘柄の5つを挙げた。

分からないこと

会社の業績は、このチャートには入っていない。 7月下旬の決算はむしろ強い。当サイトの日次スキャンでも、7月28日発表分だけで TER・STX・BE・F の4銘柄がガイダンスをコンセンサス比 +5% 超でレイズ している。ファクターの巻き戻しと、事業の実態は別々に動く。

市場全体が下げたわけでもない。 ゴールドマン自身が同じノートで「市場の幅(ブレドス)は低い水準から改善している」と書いている。資金は市場から出ていったのではなく、市場の中で移動した。だから2009年型のモメンタム・クラッシュ(暴落 → 反発 → 売り持ちが急騰)とは成り立ちが違い、AI・半導体に人が寄りすぎたところで手仕舞いが始まった、ポジション側の事故として読むほうが実態に近い。

チャートを見るときの注意

  • 構成銘柄もウエイトも公表されていない。「ゴールドマンの顧客が見ている温度計」であって、誰でも検証できる指数ではない
  • -37.07% は月末を待たずに描かれた数字。投稿時点の月間騰落率であり、確定値ではない
  • 2本立てのペアである以上、この数字を「AI 株が37%下がった」と読み替えることはできない

何を見ればいいか

このチャートは温度計であって、病名ではない。次に見るべきなのは以下だと考えている。

  1. 売り持ち側が戻り続けるか。 ソフトウェアや非黒字銘柄の反発が続くなら、ペアの傷は深くなる。逆にここが止まれば、下げの半分は止まる
  2. 決算とガイダンスがファクターの動きを追認するか。 いま起きているのが持ち高の話だけなら、業績は落ちない。落ち始めたら話が変わる(beat-monitoring で追っている)
  3. ヘッジファンドのネットエクスポージャーが戻るか。 床に張り付いたままなら、需給の重しが残る
  4. メモリ価格や輸出統計といった一次データ。 株価と持ち高の外側で、需要そのものがどうなっているかを確かめる材料になる(memory-makers に集約している)

出典

#モメンタム#ハイベータ#ゴールドマン・サックス#ヘッジファンド#ファクター投資#AI半導体 #メモリ#Hedgeye