Cloudflare の Kitesurf は Chrome を置き換えない — 画面のないブラウザに何が移せるか

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Cloudflare の Kitesurf は Chrome を置き換えない — 画面のないブラウザに何が移せるか

Cloudflare が 2026年8月6日に Kitesurf という名前のブラウザを出した。「AI エージェント向けのブラウザ」と紹介されているので、ChatGPT Atlas や Perplexity Comet のような、画面を持つ AI ブラウザの Cloudflare 版だと読んだ人が多いと思う。私も最初はそう読んだ。

違った。Kitesurf には画面がない。手元にインストールもしない。 Cloudflare のネットワーク上で動き、エージェントのコードが API 越しに呼ぶ実行環境である。だから手元の Chrome とは競合しないし、併用するという関係にもならない。

先に3つの答えを書いておく。

  • お金: Kitesurf 自体はベータ期間中は無料。ただし土台にあたる Browser Run には料金表があり、無料枠は Workers Free で1日10分、Workers Paid で月10時間。ベータ後の価格は未発表
  • 拡張機能: 要らなくならない。Kitesurf はログイン済みセッション・Bot 検知・動画・WebGL のいずれにも未対応で、そこは手元のブラウザの仕事のまま残る
  • Chrome との関係: 併用でも独立でもなく、そもそも層が違う。置き換わるのは Chrome ではなく、自動化のために裏で立てていた Chromium のほう

「AIブラウザ」がまったく別の2つを指している

この混乱は言葉のせいが大きい。2026年の「AI ブラウザ」には、人が画面を見る製品と、機械しか触らない実行環境の2種類がある。

人が使うブラウザ、AI が同居するブラウザ、エージェント専用ブラウザの3列比較。Kitesurf は3列目にあり、置き換える相手は手元の Chrome ではなく自動化のために裏で立てていた Chromium である
図1: Kitesurf は3列目にいる。Chrome を取りにきているのは2列目の製品であって、Kitesurf ではない

Atlas や Comet は Chrome の座を狙っている。ユーザーが毎日開くウィンドウを取りにいく製品だから、当然そうなる。Kitesurf が狙っているのはそこではない。スクレイピングやスクリーンショット取得のために、誰かがサーバー上で起動していたヘッドレス Chromium ——あの、CPU を食ってメモリを 270MB 持っていく重い相棒のほうを置き換えにきている。

TechCrunch の記事で Cloudflare はこう言っている。人間向けのブラウザと違い、エージェント向けのブラウザはテーマもタブも拡張機能も気にしない、と。裏を返せば、タブも拡張機能も要る用途にはそもそも出していないということでもある。

Chromium を捨てて何を得たか

Kitesurf は Chromium を薄くしたものではない。ゼロから書いたブラウザで、中身は Chromium と一片も共有していない。

部品採用したもの
HTML のパースとレイアウトBlitz(Dioxus Labs の Rust 実装)
CSS のパースStylo(Firefox の CSS エンジン)
JavaScript の実行Boa(Rust 製の ECMAScript エンジン)
描画blitz-paint。JPEG / PNG / PDF に変換
実行基盤Cloudflare Workers の V8 isolate

面白いのは JavaScript の扱いだ。Workers は V8 の上で動いているのに、ページの JavaScript を動かすのに V8 を使えない。Workers がネイティブの eval を許していないためで、そこで Rust 製の Boa を WebAssembly にコンパイルして、V8 isolate の中でもう一段 JS エンジンを回している。二重底のような構成だが、Cloudflare 自身がこれは将来改善したい点として挙げている。

構成は3つに分かれている。CDP の口を持ちセッション状態を握る Engine、DOM と JS 実行を担う PageScript、画像化を担う PageRenderer。ネットワークは SandboxOutbound という別の Worker を必ず通り、CORS とヘッダー注入と Cookie 隔離をそこで強制する。ページの読み込みはすべて信用しない入力として扱い、セッションは毎回まっさらから始めるという設計になっている。プロンプトインジェクションを前提に置いた作りと言っていい。

Web Platform Tests は 21万5000件以上を通過していて、週に数百件ずつ増えている。着手は2026年5月で、発表までの期間は12週間だった。

速くはない。安いだけ

ベンチマークの読み方を間違えると期待がずれる。Cloudflare が出した14 URL の中央値はこうなっている。

指標KitesurfChromium(ウォームプール)
CPU / スクリーンショット380 ms1,173 ms3.1倍少ない
CPU / HTML 抽出229 ms877 ms3.8倍少ない
メモリ / スクリーンショット57.8 MiB271.0 MiB4.7倍少ない
メモリ / HTML 抽出39.4 MiB273.7 MiB7.0倍少ない
実時間 / スクリーンショット1,148 ms637 ms1.8倍遅い
実時間 / HTML 抽出820 ms472 ms1.7倍遅い

待ち時間は Chromium のほうが短い。 JIT が効いているぶん Chromium は速く、ラスタライズや JPEG エンコードでも差がついている。Kitesurf が勝っているのは CPU とメモリ、つまり請求書に乗る側の数字だけだ。

だからこの製品が効くのは「1本を速く終わらせたい」場面ではなく、「同時に何本も走らせたい」「1日に何千回も叩く」場面になる。1リクエストの体感が 0.5秒遅くなる代わりに、同じ予算で回せる本数が数倍になる、というトレードだと読むのが正しい。

コストはかかるのか

ここが最初の質問だった。答えは「今は無料。ただし土台には料金表がある」。

Kitesurf 自体はベータ期間中は無料で、アカウントごとの上限の中で使える。ベータ後にどうなるかは Cloudflare も明言していない。

一方、Kitesurf が乗っている Browser Run(旧 Browser Rendering)には既に料金がある。2025年8月20日から課金が始まっているサービスで、Kitesurf は browser=kitesurf というパラメータでその上に呼び出す形になっている。

Workers FreeWorkers Paid
ブラウザ時間1日10分月10時間まで込み、超過分は 1時間 $0.09
同時ブラウザ数310まで込み(月平均)、超過分は 1本 $2.00
ブラウザのタイムアウト60秒60秒(keep_alive で最大10分)
同時実行の上限3120

課金対象は使い方で変わる。スクリーンショットや HTML 抽出を1回叩くだけの Quick Actions はブラウザ時間だけ、Puppeteer や Playwright を CDP でつなぐ Browser Sessions は時間と同時数の両方が対象になる。同時数は「毎日のピークを記録して月平均する」方式なので、一瞬の跳ね上がりで請求が膨らむ作りにはなっていない。

個人の使い方で言えば、月10時間はかなり大きい。1回3秒のスクリーンショットなら1万2000回に相当する。趣味と個人開発の範囲なら、当面は財布のことを考えなくていいというのが実感に近い。むしろ気にすべきは同時実行数のほうで、並列でクロールを回すとこちらが先に効いてくる。

拡張機能は要らなくなるのか

2つめの質問。要らなくならない。 移せる仕事とそうでない仕事が、かなりはっきり分かれている。

Kitesurf に移せる仕事と手元のブラウザに残る仕事を左右に並べた比較図。分かれ目はログインが要るかどうかで、公開ページの取得は移せるが自分のアカウントで動く操作は残る
図2: 分かれ目はログインの有無。自分のアカウントが要る操作は Kitesurf の対象外にある

Cloudflare 自身が、次の場合は Kitesurf を選ぶべきではないと明記している。

  • 動画を再生する必要がある
  • WebGL をレンダリングする必要がある
  • 実際の TLS フィンガープリントを伴う Bot チャレンジをくぐる必要がある
  • 永続的な状態を要する、10分規模の認証済みセッションを張る必要がある

この4つは、ブラウザ拡張やログイン済みブラウザで自動化している仕事のほぼ全部を言い当てている。私の環境で言えば、note の下書き保存、X の下書き、Kindle のハイライト取得、Amazon の書誌データ取得は、すべて「自分のログイン済み Chrome を使う」ことで成立している。Kitesurf はログイン状態を持てないので、この列は1つも移らない。

逆に移せるのは、ログインの要らない公開ページを機械が読む部分だ。記事本文の取得、公開ドキュメントのスクリーンショット、リンクをたどる巡回、PDF 化。ここは今まで手元の Chrome を占有していたぶん、外に出せると副次的な利点もある。自動化がブラウザを掴んでいる間、人間がそのブラウザを使えないという問題が消える。

Browser Run のドキュメントには Cookie やトークンを渡して認証ページを撮る方法もあるが、これは Chromium 側の話で、Kitesurf のセッション非保持という制約とは別の階層にある。長時間のログイン作業を Kitesurf に寄せられる、という意味ではない。

手元の Chrome とどう併用するのか

3つめの質問。併用という関係にならない。 インストールするものがなく、Chrome の設定を触ることもない。エージェント側の接続先が変わるだけだ。

たとえば Chrome DevTools MCP は、ふだんは手元の Chrome の CDP エンドポイントを見ている。これを Cloudflare のエンドポイントに向けると、同じ MCP クライアントのまま、動くブラウザだけがクラウド側に入れ替わる。

{
  "mcp": {
    "kitesurf": {
      "command": [
        "npx", "-y", "chrome-devtools-mcp@latest",
        "--wsEndpoint=wss://api.cloudflare.com/client/v4/accounts/<ACCOUNT_ID>/browser-run/devtools/browser?browser=kitesurf",
        "--wsHeaders={\"Authorization\":\"Bearer <API_TOKEN>\"}"
      ]
    }
  }
}

ここは地味にありがたい点がある。手元の Chrome に --wsEndpoint で繋ごうとすると、URL に含まれる UUID とポートが Chrome の再起動ごとに変わるので、設定に直書きすると壊れる。Cloudflare 側のエンドポイントはアカウント ID で決まるので、書いたまま腐らない。

CDP を話す口なので、Puppeteer も Playwright も chrome-remote-interface もそのまま繋がる。単発の用事なら Quick Actions を叩くほうが早い。

curl -X POST 'https://api.cloudflare.com/client/v4/accounts/<ACCOUNT_ID>/browser-run/screenshot?browser=kitesurf' \
  -H 'Authorization: Bearer <API_TOKEN>' \
  -H 'Content-Type: application/json' \
  -d '{"url": "https://example.com"}' \
  --output screenshot.png

既存の Chromium との切り替えは browser=kitesurf を付けるか外すかだけで、コードは変わらない。片方が詰まったらもう片方に落とす、という書き方ができるのは実装上ありがたい。

アカウントを作る前に見たいなら、→ 公開プレイグラウンドで URL を入れて試せる。DevTools が刺さっていて、DOM もコンソールもネットワークも見えるうえ、Memory パネルで WebAssembly の使用量まで出る。

まだ本番向きではないところ

Cloudflare は production-ready とは言っていない。ベータで、上の未対応リストがあり、CDP のカバー範囲も「エージェントと自動化ツールが使う部分集合」に留まっている。スクリーンショットと PDF の描画忠実度も改善中と書かれている。LLM はテキストより画像を与えたほうが精度が上がる、という知見に沿って優先度を上げているらしい。

一方でオープンソース化も予告されている。顧客が自分のアカウントに自分の Kitesurf をデプロイできるようにするのが目標、という書き方をしていて、これが実現すると位置づけがまた変わる。ベンダーのサービスではなく、自分で置ける部品になる。

まとめ

Kitesurf は、ブラウザという言葉から連想するものをほとんど持っていない。タブがなく、拡張機能がなく、人が見る画面もなく、ログイン状態も保持しない。残っているのは HTML を解釈して JavaScript を動かして絵にする部分だけで、そこだけを Rust と WebAssembly で組み直し、CPU とメモリを数分の一にした。

だから評価軸も普通のブラウザとは違う。速いかではなく、同じ金額で何本回せるかで測る製品である。

手元の Chrome、拡張機能、ログイン済みブラウザを使った自動化は、当面そのまま残る。移せるのは、公開ページを機械に読ませていた部分だけだ。ただしその部分は、自動化の中でいちばん数が出るところでもある。

出典