専門書を出典に出さずファクトの照合先に使う、断面図で回転を描けなかった話
専門書を出典に出さずファクトの照合先に使う、断面図で回転を描けなかった話
家業の鍵屋のサイトに、鍵の歴史を説明したページがある。 公開済みのそのページに、事実の誤りが3件残っていた。
いちばん大きかったのは、海老錠を「日本独自の錠前」と書いていた箇所だった。 実際は中国で生まれ、7世紀に日本へ渡ってきている。 正倉院の御物にもなっている。
誤りを潰すために本を1冊入れた
取り込んだばかりの専門書が1冊あった。 自炊してOCRにかけ、Tursoの全文検索DBに入れてある。 鍵の技術について、かなり細かいところまで書いてある本だ。
集客ページの改善計画を立てる前に、この本で既存ページの記述を突き合わせさせた。 狙いは単純だった。 生成AIに文章を書かせる以上、誤った情報が混ざるリスクがある。 鍵の歴史のように検証の効きにくい領域ほど、そのリスクは高い。 書かせる前に照合先を用意しておきたかった。
3件はその1回目の突き合わせで出てきた。
出典として本の名前は出さない
一方で、この本を看板に使うことはできないと思った。
理由は2つある。 1つは、読者の興味が本のほうへ向いてしまうことだ。 鍵屋の集客ページとして、それは何も生まない。
もう1つは、本の中身だ。 現場の職人に見せたところ、研修のテキストにも載っていないような細かい内容が普通に書いてあると言われた。 使い方によっては危ない本だ、という評価だった。 技術的に詳しいという点がそのまま、宣伝したくない理由になる。
書名は出さず、事実だけを淡々と書く。 そう決めた。
著作権のほうも一度整理した。 本文は転載しない。 図版はスキャン画像そのものなので、公開サイトに置くのは論外だ。 手に入りにくくなっている本なら引用の実害も薄いだろう、と考えかけた。 これは逆だと指摘された。 入手しづらい著作物ほど、権利者の不利益は大きい。
結果として運用はこうなった。 本は照合先にして、出典はWebの公開情報から取る。 本で知ったことは、記事に書く前に必ず公開ソースで裏を取り直す。
刀鍛冶が鍵の職人になった、が本当かどうか
この方針が最初に効いたのが、和錠の来歴だった。
刀鍛冶が鍵の職人になった、という話が本に出てくる。 知らなかったし、面白い。 金属加工まで自前でやる鍵屋という自分たちの説明とも噛み合う。
ただ、面白い話ほどそのまま載せると危ない。 公開ソースで裏が取れるかを先に確かめさせて、取れてから記事にした。
現場の職人が40年の実務で知っていることを文献で確かめる。 この順番なら書いていい。 逆はだめだ、というのが今回の線引きになった。
その流れで記事を4本とハブページを作らせ、既存の歴史ページの誤りも直させた。 ある解錠手口を扱った1本は、やり方を一切書かず、見分け方と対策だけにしてある。 本人確認の法的根拠を書いた1本は、現行法に合わせた。
ヘッドレスChromeで全ページの描画を確認させたら、崩れが2件出てきた。 和錠の産地カードが3枚と1枚で折り返していた箇所と、手順2の語が途中で不正に改行されていた箇所だ。 どちらもその場で直してもらった。
出典を出さないと決めた以上、どのファクトをどこで裏取りしたかは自分の側にしか残らない。 裏取り管理表を作らせ、計画書の進捗表も予定ではなく実績で書き換えさせた。
「鍵を回す」ボタンを押したら、内筒が横にずれた
夜になって、別の作業の合間に「鍵が回る仕組み」のページをChromeで開いた。 ボタンを押すと鍵とピンが動くアニメーションを載せてあるページだ。
「鍵を回す」を押したら、断面図の内筒が右へずれた。 おかしい。 そのまま回るならまだ分かるが、横にスライドするのは何だ。
問い詰めて、これは逃げだと白状させた。 断面図は内筒の軸に沿って切った図なので、内筒が回っても断面の形は変わらない。 実際には鍵と下ピンが奥へ回り込み、切断面から消えていく。 横にスライドすることは物理的に起きない。 断面図で回転を描けないから、横ずれでごまかしていた。
鍵屋のサイトで嘘の動きを見せるのは筋が悪い。 横ずれは廃止させた。
今度は左側の図が止まった
直した版を見ると、正面から見た図のほうは右へ傾くようになっていた。 これは正しい。
ただ、左の断面図が今度は完全に静止している。 ピンがシアラインで揃った瞬間に内筒が回るのだから、断面の側でも何かが起きているはずだ。
XとYだけで見れば、確かに動いていない。 動いているのはZのほうだ。 奥行き方向に動いているものを平面の図でうまく表現できないか、と指摘した。
そこでようやく、鍵と下ピンが切断面から奥へ回り込んで消えていく描き方になった。
2枚の図の連動が壊れているとき、片方を止めるのは直したことにならない。 嘘の動きをやめる作業と、本当の動きを描く作業は別だった。 1回目の指摘では前者しか片付かなかった。
残っていること
- 現場の職人に記事の内容を見てもらう(計画書のStep 3で止めてある)
- 施工写真が届いたら、先行して作ってあるドラフトに差し込む
本を照合先に使うのも、図の軸を疑うのも、やっていることは同じだった。 もっともらしく出てきたものを、そのまま通さない。 鍵屋のサイトでそれをやると、間違いが物理法則の側から返ってくるので分かりやすい。