1人で月3,000万円稼ぐAI研修ビジネス。その仕組み知ってる?
1人で月3,000万円稼ぐAI研修ビジネス。その仕組み知ってる?
数人のチームで月商数千万円。AI研修の会社の話です。Xを見ていると、こうした話が定期的に流れてきます。
すごすぎない?天才がやってる?
実はそうでもないんです。
AI研修費用の相場
まず前提として、彼らの主なクライアントは個人ではなく法人です。講師派遣型やカスタマイズ型の企業向けAI研修は、1回あたり数十万〜数百万円で売られています(eラーニング型なら1人数万円台の安価な選択肢もありますが、稼いでいるのは前者です)。「そんな高いもの、誰が買うの?」「営業力高すぎ?」と思いますよね。
買っている企業は、最終的にはその金額をほとんど負担していません。
厚生労働省の「人材開発支援助成金」という制度。その中の「事業展開等リスキリング支援コース」は、DXや新規事業に向けて社員に新しいスキルを学ばせる企業に対して、研修費用の75%(中小企業の場合)を国が助成するというもの。さらに、社員が研修を受けている時間の給料に対しても、1人1時間あたり1,000円の助成が別につきます。
社員20名に2日間(計16時間)の対面型AI研修、費用は1人5万円で総額100万円とします。
- 経費助成:100万円 × 75% = 75万円 → 研修費の負担は25万円
- 賃金助成:1時間1,000円 × 16時間 × 20名 = 32万円
賃金助成は、研修中も発生し続ける給料の一部を国が埋めてくれるものです。実際の人件費より低い額なので、企業が儲かるわけではありません。
一つ補足すると、助成金は後払いです。企業はまず研修会社に100万円を全額支払い、訓練が終わってから支給申請をして、審査が通ってはじめて入金されます。立て替えの資金は必要です。
それでも、定価100万円の研修が、研修費としては最終的に25万円の持ち出しで済む。研修会社は100万円を満額受け取り、企業は4分の1の負担で社員のAI教育が済む。
これがAI研修ビジネスの裏側です。
そして見逃せないのが、売る側の身軽さです。この助成金には講座ごとの国の指定制度がなく、要件を満たす研修なら、できたばかりの会社でも提供できます(定款の事業目的に「教育訓練事業」を入れた国内法人であること、といった形式要件はあります)。参入に必要なのは「国の認定」や複雑な手続きではなく、「法人に売る営業力」です。
ただし、タダで通る道ではない
もちろん、無条件ではありません。ここは営業トークで流されやすいところなので、受講する企業側が満たすべき要件をまとめておきます。中小企業が対面型研修を使う場合の主なものです。
- 雇用保険の適用事業所であること
- 訓練計画届を、訓練開始の6か月前から1か月前までの間に労働局へ提出すること。「1か月前まで」ではなく、早すぎても受け付けられない「窓」になっている
- 研修がOFF-JT(通常業務と切り離した訓練)で、実訓練時間10時間以上であること
- 研修が「事業展開」「DX・GX化」「人材育成計画に基づく新しい職務」のいずれかに紐づくこと。AI研修は実務上ほぼDX枠で、計画届の時点で「自社がどんなDXをするのか」の具体的な中身を問われる
- 業務命令として受講させ、研修中も賃金を支払うこと。社員の自主参加は対象外
- 対面型は対象者ごとに8割以上の出席
- 労働保険料の滞納や、直近1年の労働関係法令違反がないこと
- 訓練終了の翌日から2か月以内に支給申請すること(厳守)
手続きとしては難しくありません。ただし期限には救済がない。実際に不支給や減額になるのは、だいたい次のパターンです。
- 計画届の窓を逃す。訓練日程が固まってから動くと1か月前を切っている、が最頻出
- DXの立証不足。「AIの動向と用語解説を聞くだけ」のカリキュラムは、職業能力の訓練と認められない
- 時間数の目減り。移動時間・昼食・オリエンテーションの超過分は実訓練時間から除外されるので、カリキュラム上10時間でも実質10時間を割って全体不支給
- 「実質無料」営業に乗る。受講料のキャッシュバックやアンケート協力金で自己負担を相殺するスキームは、その分の経費助成が不支給になる。厚労省がパンフレットで数ページを割いて警告している、労働局の重点監視ポイント
- 支給申請期限の徒過。研修が終わった安心感で、2か月の期限を経理・労務への引き継ぎ中に過ごしてしまう
なお、eラーニング型は賃金助成が出ず、経費助成の上限も1人15万円に下がります。冒頭の計算例をわざわざ「対面型」としたのはこのためです。
「高くても売れる」のではなく「高いという感覚がなくなる」
営業の観点で見ると、この制度の意味はもっと大きい。
「研修に100万円かかります」と言われたら、たいていの会社は迷います。稟議も通りにくい。でも「助成金を使えば、実質25万円です」なら断る理由がなくなる。同じ研修、同じ値段なのに、国が4分の3を持ってくれる。
売る側からすれば、強気の値付けをしても売れます。なんなら高額だから高付加価値に感じる。もっとも、助成金ありきで価格を吊り上げると経費と認められないことがあるので、青天井ではありませんが。
しかも研修は、一度つくった内容を何社にでも売れるので、増える原価は講師の時間くらい。高くても売れて、売るたびのコストはほとんど増えない。
数人で月商数千万円という数字は、AIのスキルではなく、この組み合わせから出てきます。
なんか既視感ある
ここまで読んで、既視感があるかもしれません。そう、プログラミングスクールです。
数年前、「未経験からエンジニア転職」を掲げた高額スクールが乱立しました。受講料は60万〜80万円。あれが成立した背景にも、同じ形の制度がありました。個人向けの「専門実践教育訓練給付金」です。乱立期は最大70%給付で、65万円の講座なら自己負担は20万円弱。2024年10月には最大80%まで拡充され、69万円のコースが実質13万円台で受けられる例も出ています。
「Webエンジニアの需要が高まったからスクールが儲かった」表向きの説明はそうです。でも、高額でも申込みが殺到した直接の理由は、受講者がその金額を払っていなかったから。
技術のブームが需要をつくり、給付金が裏で価格を支える。この二段構えは、AIで初めて起きたことではありません。
注目すべきはAIではなく、お金の出所
もちろん、AI需要そのものは本物です。デロイト トーマツ ミック経済研究所の調査では、法人向けの生成AI導入支援の市場は2024年度の約330億円から2026年度には約720億円へ、2年で2倍超になると予測されており、企業の焦りはあるでしょう。
ただ、「需要がある」と「数人のチームで月商数千万円が成立する」の間には距離がある。その距離を埋めているのが、2022年10月の所信表明演説で岸田首相(当時)が掲げた「個人のリスキリング支援に5年で1兆円」に象徴される、国の予算です。
さて、本題。
もし「AIで儲けた話ばかり流れてきて、自分は置いていかれている」と感じているなら、足りていないのはAIのスキルではないかもしれません。見ているレイヤーがずれている可能性があります。
「そのお金は、最終的に誰の財布から出ているのか」
AI研修なら、答えは受講企業ではなく国の予算でした。個人向けの高額AIスクールなら、受講者の焦り。AI案件のマッチングなら、企業の広告宣伝費。「AI」はどれも同じでも、財布が違えば、そのビジネスの寿命も規模も再現性もまったく違います。
そして財布が国である場合、次のブームはある程度読めるかもしれません。見る場所は3つ。
- 骨太の方針:政府が「これからここに金を流す」と宣言
- 各省庁の概算要求:予算になる
- 助成金・補助金の要綱:対象・助成率・期限が確定
タイムラインに流れてくる「稼げる話」は、順番でいえば最後です。
国が予算をつけ、制度ができ、それを使った商売が立ち上がり、少し遅れて「儲かるらしい」という話になってタイムラインに届く。儲け話を目にした時点で、その情報はもう新しくありません。
天才ではなく、先に知っていただけ
ちなみに、この助成金は2027年3月末(令和8年度末)までの時限措置で、延長されるかは現時点で未定です。つまりこのビジネスは、始まる前から終わりの日付が決まっていました。儲けている人たちは、それも承知の上で参入しています。
お金が流れてくる場所を、流れてくる前に知っていた。それだけです。
乗り遅れたのは、AIではなくスキルでもない。次に置いていかれたくないなら、開くべきはAIツールの新機能一覧ではなく、実は厚労省の助成金ページなのかもしれません。
参考資料(本文の数値の出典)
- 厚生労働省「人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)のご案内 詳細版」(令和8年5月14日版・PDF) — 助成率75%・賃金助成1,000円/時・上限額・時限措置の根拠
- 同 事業主向けQ&A(令和6年10月版・PDF) — 対象外となる訓練・DXの立証に関する根拠
- デロイト トーマツ ミック経済研究所「法人向け生成AI導入ソリューションサービス市場動向 2025年度版」 — 市場規模予測の出典
- 日本経済新聞「リスキリング支援『5年で1兆円』 岸田首相が所信表明」(2022年10月3日)