わかりやすい不動産登記簿の見方・読み方 — 第7章(全8章)
⚖️ 破産に関する登記 — 裁判所が不動産を凍結する
破産手続が始まると登記簿はどうなるか。保全処分・破産手続開始・否認の登記など、裁判所の関与が登記簿に現れるパターンを読む。
出典: 『わかりやすい不動産登記簿の見方・読み方(6訂版)』日本法令(p.408〜448)。記録例は原本の帳票レイアウトを再現しつつ、内容を正規化データで管理している。
凡例: 記録例の中の下線は「抹消事項」=後の登記で効力を失った記録(登記簿は消さずに線を引いて歴史を残す)
お金をどうしても返せなくなった人の財産を、裁判所が間に入って、お金を貸した人たち(債権者)に 公平に分ける手続きが破産手続です。 破産手続が始まると、その人の財産は破産財団(はさんざいだん)というひとまとまりになり、 管理する権利は裁判所が選んだ破産管財人(はさんかんざいにん)に移ります。 いわばお財布の管理人交代です。不動産は財産の中でもいちばん大きな品物なので、 「この不動産はもう本人が自由にできません」ということを登記簿で世の中に知らせる必要があります。 それが本章の「破産に関する登記」です。
この章の登記には、これまでの章と決定的に違う点がひとつあります。 持ち主や買い主が申請する登記がほとんど出てこないのです。 代わりに登場するのが、申請によらない2つの登記です。
| 種類 | だれがするか | イメージ |
|---|---|---|
| 嘱託(しょくたく)登記 | 裁判所書記官が法務局に「この登記をしてください」と頼む | 裁判所から法務局への公式な依頼状 |
| 職権(しょっけん)登記 | 登記官が自分の判断でする(受付番号もつかない) | 法務局の中の人が自らペンを取る |
破産は本人にとって不名誉な出来事なので、本人が進んで登記するとは期待できません。 だからこそ裁判所と法務局が直接動く仕組みになっている——これがこの章を貫く考え方です。
保全処分の登記 — 試合前のフリーズ
破産手続開始の申立てがされてから、裁判所が「破産手続を開始します」と決定するまでには時間がかかります。 その間に債務者が財産を隠したり(隠匿・いんとく)、こっそり売ってしまったりすると、 破産財団になるはずの財産が減ってしまいます。 そこで裁判所は、開始決定の前に「この財産、動かすの禁止!」と命じることができます。 これが保全処分(ほぜんしょぶん)です(破産法28条1項)。 試合開始のホイッスルが鳴る前に、選手の位置をフリーズさせておくイメージです。
不動産に関する保全処分は処分禁止の仮処分の形式でされ、 裁判所書記官が職権で、遅滞なくその登記を嘱託します(破産法259条1項)。 原本ではこう記録されます。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | 保全処分 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日東京地方裁判所破産財団保全の仮処分命令 禁止事項 譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
同じ内容を「1行 = 1できごと」に分解すると、こうなります。
権利部(甲区)— 債務者の財産に関する保全処分(節1)
- 3番保全処分受付 令和○年○月○日 第○号
裁判所が「破産の決定が出るまで、この不動産を動かすの禁止!」とフリーズをかけた。裁判所書記官が法務局に頼む「嘱託」でされる登記で、持ち主が申請するわけではない。
- 原因
- 令和○年○月○日東京地方裁判所破産財団保全の仮処分命令
- 禁止事項
- 譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分
原因欄の「破産財団保全の仮処分命令」と、禁止事項の「譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分」 がポイントです。売ることも、担保に入れることも、貸すことも、ぜんぶ禁止。 ただしこの効果は相対的で、破産手続が開始した場合に 「破産財団に対しては主張できない」という意味です(このあと節3の記録例で実物を見ます)。
保全処分は3種類ある
守る対象によって、保全処分には3つの種類があります。登記の原因欄を見れば、どれなのかが読み分けられます。
| 種類 | 何を守る(凍らせる)か | 根拠 | 原因欄の書き方 |
|---|---|---|---|
| 債務者の財産に関する保全処分 | 破産しそうな人(債務者)本人の財産 | 破産法28条1項 | ○地方裁判所破産財団保全の仮処分命令 |
| 否認権のための保全処分 | すでに債務者の手を離れてしまった財産(あとでズル認定して取り戻す候補) | 破産法171条1項 | ○地方裁判所否認権保全の仮処分(または仮差押)命令 |
| 役員の財産に対する保全処分 | 破産した法人の役員(取締役など)個人の財産 | 破産法177条1項・2項 | ○地方裁判所役員財産保全の仮処分(または仮差押)命令(開始決定前なら「開始前役員財産保全」) |
2つめの否認権(ひにんけん)のための保全処分は少し変わっていて、 すでに債務者の手を離れた財産が対象です。「あの取引はあとでズル認定して取り戻すかもしれないから、 それまで動かさないで」という先回りのフリーズです(否認権そのものは節5で説明します)。 3つめは、法人が破産したときに、その役員個人(取締役など)への損害賠償請求権を 確保するために役員の財産を凍らせるものです。会社をつぶした責任を役員に問う場面ですね。
否認権のための保全処分の記録例
2つめの「先回りのフリーズ」の原本がこちらです。見た目は最初の記録例とほぼ同じで、 違いは原因欄の「否認権保全の仮処分命令」だけ。 原因欄を読まないと、どの種類のフリーズか区別できないことがよくわかります。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | 保全処分 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日東京地方裁判所否認権保全の仮処分命令 禁止事項 譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 否認権のための保全処分(節1)
- 3番保全処分受付 令和○年○月○日 第○号
すでに債務者の手を離れた財産に「あとでズル認定して取り戻すかもしれないから動かさないで」と先回りのフリーズをかけた。原因欄が「否認権保全」になるのが目印。
- 原因
- 令和○年○月○日東京地方裁判所否認権保全の仮処分命令
- 禁止事項
- 譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分
役員の財産に対する保全処分の2つの記録例
3つめの「役員個人の財産のフリーズ」には記録例が2つあります。 まず、法人の破産手続が開始したあとにされるもの(破産法177条1項)。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | 保全処分 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日東京地方裁判所役員財産保全の仮差押命令 債権者 ○市○町○番○号 甲野太郎 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 役員の財産に対する保全処分・破産法177条1項(節1 記録例1)
- 3番保全処分受付 令和○年○月○日 第○号
会社が破産したあと、その会社の役員個人の財産を凍らせた。会社をつぶした責任(損害賠償)を払わせるための仮差押なので、禁止事項ではなく債権者が書かれる。
- 原因
- 令和○年○月○日東京地方裁判所役員財産保全の仮差押命令
- 債権者
- ○市○町○番○号 甲野太郎
次に、破産手続開始の決定前に緊急でされるもの(破産法177条2項)。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | 保全処分 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日東京地方裁判所開始前役員財産保全の仮差押命令 債権者 ○市○町○番○号 甲野太郎 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 役員の財産に対する保全処分・破産法177条2項(節1 記録例2)
- 3番保全処分受付 令和○年○月○日 第○号
会社の破産手続が始まる前に、緊急で役員個人の財産を凍らせた。原因欄の頭に「開始前」と付くので、開始決定前の保全処分だと読み分けられる。
- 原因
- 令和○年○月○日東京地方裁判所開始前役員財産保全の仮差押命令
- 債権者
- ○市○町○番○号 甲野太郎
この2つの読みどころは3点あります。 第一に、事項欄が「禁止事項」ではなく「債権者」になっていること。 役員への損害賠償請求権を確保するための仮差押なので、 お金を請求する側(債権者)が記録されます。 第二に、177条2項のほうは原因欄の頭に「開始前」と付くこと。 まだ破産管財人がいない段階のフリーズだと一目でわかる工夫です。 第三に、まだ開始決定前なのに誰が申し立てるのかというと、 債務者である法人自身(保全管理人が選ばれていれば保全管理人のみ)です。
保全処分の登記の変更・抹消 — フリーズの解除と緩和
フリーズは一度かけたら終わりではありません。裁判所は保全処分を変更したり 取消したりでき(破産法28条2項など)、その場合も裁判所書記官が 職権で登記の変更・抹消を嘱託します(同法259条2項)。変更の記録例を原本で見てみましょう。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 2 | 保全処分 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日東京地方裁判所破産財団保全の仮処分命令 禁止事項 譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分 |
| 3 | 2番保全処分変更 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日東京地方裁判所変更 禁止事項 譲渡、質権、抵当権の設定 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 保全処分の登記の変更(節2 記録例1)
- 2番保全処分受付 令和○年○月○日 第○号
最初のフリーズ。あとで3番の変更登記がされたので、古い禁止事項のリストに下線が引かれて「もうこのメニューではない」ことを示す。
- 原因
- 令和○年○月○日東京地方裁判所破産財団保全の仮処分命令
- 禁止事項
- 譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分
- 3番2番保全処分変更受付 令和○年○月○日 第○号
裁判所が禁止のメニューを少しゆるめた(賃借権の設定などが外れた)。保全処分の変更は付記ではなく主登記でされ、これも裁判所書記官の嘱託による。
- 原因
- 令和○年○月○日東京地方裁判所変更
- 禁止事項
- 譲渡、質権、抵当権の設定
注目は2つ。第一に、保全処分の変更は付記登記ではなく主登記(新しい順位番号)でされること。 第二に、変更前の禁止事項に下線が引かれることです (昔は下線を引かない取扱いでしたが、現在は引く取扱いに変更されています。記録例集No.732参照)。 下線 = 「もう効力がない」の印、という第1章のルールがここでも生きています。
フリーズの取消し — 今度は全欄に下線が引かれる
裁判所が保全処分そのものを取り消した場合(破産法28条2項)は、 変更と違って保全処分の登記が抹消されます。原本を見てみましょう。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 2 | 保全処分 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日東京地方裁判所破産財団保全の仮処分命令 禁止事項 譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分 |
| 3 | 2番保全処分抹消 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日東京地方裁判所取消 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 保全処分の登記の取消し(節2 記録例2)
- 2番保全処分受付 令和○年○月○日 第○号
最初のフリーズ。3番の抹消登記で取り消されたので、順位番号から禁止事項まで全欄に下線が引かれた。変更(下線は禁止事項だけ)との違いに注目。
- 原因
- 令和○年○月○日東京地方裁判所破産財団保全の仮処分命令
- 禁止事項
- 譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分
- 3番2番保全処分抹消受付 令和○年○月○日 第○号
裁判所が保全処分そのものを取り消したので、フリーズが解除された。これも裁判所書記官の嘱託による登記。
- 原因
- 令和○年○月○日東京地方裁判所取消
変更の記録例と見比べてください。変更では禁止事項にだけ下線が引かれましたが、 取消し(抹消)では2番の順位番号・目的・受付・原因・禁止事項のすべてに下線が引かれます。 「メニューの一部変更」と「登記まるごと退場」の違いが、下線の範囲にそのまま現れるわけです。 原因は「○地方裁判所取消」、日付は取消しの決定がされた日です。
フリーズが解除される7つの場合
保全処分が取消しやその他の理由で効力を失うと、登記は抹消されます。 どんな理由で消えたのかは登記原因に現れるので、読み分け表を掲げます。
| 効力を失う場合(破産法) | 登記原因 | 原因の日付 |
|---|---|---|
| 破産手続開始の申立てが取り下げられた(29条) | 破産手続開始申立取下 | 取下げの日 |
| 破産手続開始決定の取消しが確定した(33条3項) | 破産手続開始決定取消 | 決定の確定の日 |
| 破産手続廃止の決定が確定した(217条1項、218条1項) | 破産手続廃止 | 決定の確定の日 |
| 破産手続終結の決定がされた(220条1項) | 破産手続終結 | 決定の日 |
| 破産手続開始の申立てを棄却する決定がされた(30条1項参照) | 破産手続開始申立棄却 | 決定の日 |
| 破産管財人がその権利を放棄した(78条2項12号参照) | 権利放棄 | 申立ての日 |
| 破産管財人が開始決定後1か月以内に保全処分に係る手続を続行しない(172条2項) | 保全処分効力消滅 | 破産手続開始決定から1か月を経過した日 |
※ この表は書籍p.403の図(①〜⑦を列挙した囲み)を、登記原因で引けるよう表形式に再構成したものです。
たとえば「破産手続開始申立取下」なら本人が申立てを取り下げて試合自体が中止になった、 「保全処分効力消滅」なら破産管財人が開始決定後1か月以内に手続を続行しなかった、と読めます。 抹消されると保全処分の登記事項には下線が引かれます。
失効による抹消の3つの記録例
書籍には、このうち3つの場合について抹消登記の記録例が載っています (いずれも抹消登記の行だけを示した形で、下線が引かれる保全処分の行は省略されています)。 まず申立ての取下げ。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | ○番保全処分抹消 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日破産手続開始申立取下 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 破産手続開始の申立てが取り下げられた場合(節2)
- 3番○番保全処分抹消受付 令和○年○月○日 第○号
破産の申立てが取り下げられて試合自体が中止になったので、フリーズも消された。原因の日付は取下げの日。
- 原因
- 令和○年○月○日破産手続開始申立取下
次に申立ての棄却。裁判所が「破産の要件を満たさない」と退けた場合です。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | ○番保全処分抹消 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日破産手続開始申立棄却 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 破産手続開始の申立てを棄却する決定が確定した場合(節2)
- 3番○番保全処分抹消受付 令和○年○月○日 第○号
裁判所が「破産の条件を満たしていません」と申立てを退けたので、フリーズも消された。原因の日付は決定の日。
- 原因
- 令和○年○月○日破産手続開始申立棄却
最後に保全処分効力消滅。否認権のための保全処分について、 破産管財人が開始決定後1か月以内に手続を続行しなかった場合です(破産法172条2項)。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | ○番保全処分抹消 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日保全処分効力消滅 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 否認権のための保全処分に係る手続を続行しない場合(節2)
- 3番○番保全処分抹消受付 令和○年○月○日 第○号
破産管財人が開始決定から1か月以内に手続を続けなかったので、フリーズが自然に失効した。原因の日付は1か月を経過した日。
- 原因
- 令和○年○月○日保全処分効力消滅
3つとも目的欄は「○番保全処分抹消」で同じ。原因欄だけが違うので、 上の読み分け表とセットで見ると「なぜフリーズが解けたのか」まで登記簿から読み取れます。
個人の破産手続に関する登記 — お財布の管理人交代
破産手続が開始すると、いよいよ破産手続開始の登記がされます。 ここで大事な前提がひとつ。この登記がされるのは破産者が個人の場合だけです。 会社(法人)が破産した場合は、会社の登記簿(法人登記簿)に破産手続開始の登記がされるので、 不動産の登記簿には書かなくても第三者は会社の破産を知ることができます。 そのため新破産法(平成17年1月1日施行)で、法人については不動産への破産の登記が廃止されました。 ちなみにこのとき「破産宣告」という古い用語も「破産手続開始」に改められています。
個人について破産手続開始の決定があると、裁判所書記官は、破産財団に属する登記された権利があることを 知ったときは、職権で遅滞なく破産手続開始の登記を嘱託します(破産法258条1項2号)。
いちばんシンプルな形 — 保全処分のない場合
まず基本形から。フリーズなしで、いきなり破産手続開始の登記がされた場合です。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 2 | 所有権移転 | 平成○年○月○日 第○号 | 原因 平成○年○月○日売買 所有者 ○市○町○番○号 甲野太郎 |
| 3 | 破産手続開始 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 保全処分のない場合の破産手続開始(節3 記録例1)
- 2番所有権移転受付 平成○年○月○日 第○号
甲野太郎さんがこの不動産を買って持ち主になった。ここまでは普通の売買の登記。
- 原因
- 平成○年○月○日売買
- 所有者
- ○市○町○番○号 甲野太郎
- 3番破産手続開始受付 令和○年○月○日 第○号
甲野さんの破産手続が始まった。この不動産は破産財団に入り、甲野さんは自由に処分できなくなる。名義人がひとりだけなので、目的欄は「破産手続開始」だけのシンプルな形。
- 原因
- 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定
この2行は「この不動産は破産財団に入っていて、甲野太郎さんには処分する権限がない」という公示です。 だから、破産手続開始の登記がある不動産について、破産管財人が関与しない所有権移転や 抵当権設定の申請は受理されないと考えられています。 名義人がひとりしかいないので、目的欄は「破産手続開始」だけで足ります。 次の記録例との違いがここに効いてきます。
保全処分の登記がある場合 — 4行のドラマ
保全処分の登記が先にされていた場合の記録例を原本で見てみましょう。 4行で1本のドラマになっています。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 2 | 所有権移転 | 平成○年○月○日 第○号 | 原因 平成○年○月○日売買 所有者 ○市○町○番○号 甲野太郎 |
| 3 | 保全処分 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日横浜地方裁判所川崎支部破産財団保全の仮処分命令 禁止事項 譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分 |
| 4 | 所有権移転 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日売買 所有者 ○市○町○番○号 乙川次郎 |
| 5 | 2番所有権登記名義人甲野太郎に対する破産手続開始 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日午後3時横浜地方裁判所川崎支部破産手続開始決定 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 保全処分の登記がある場合の破産手続開始(節3 記録例2)
- 2番所有権移転受付 平成○年○月○日 第○号
甲野太郎さんがこの不動産を買って持ち主になった。ここまでは普通の売買の登記。
- 原因
- 平成○年○月○日売買
- 所有者
- ○市○町○番○号 甲野太郎
- 3番保全処分受付 令和○年○月○日 第○号
甲野さんに破産手続開始の申立てがされ、決定が出る前に裁判所が「売ったり担保に入れたりするの禁止」とフリーズをかけた。
- 原因
- 令和○年○月○日横浜地方裁判所川崎支部破産財団保全の仮処分命令
- 禁止事項
- 譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分
- 4番所有権移転受付 令和○年○月○日 第○号
フリーズ中なのに甲野さんが乙川次郎さんに売ってしまった。保全処分に反する処分も絶対無効ではないので登記所は受理せざるをえないが、破産財団には権利を主張できない(相対的無効)。
- 原因
- 令和○年○月○日売買
- 所有者
- ○市○町○番○号 乙川次郎
- 5番2番所有権登記名義人甲野太郎に対する破産手続開始受付 令和○年○月○日 第○号
破産手続が開始し、甲野さんのお財布の管理人が破産管財人に交代した。目的欄の「2番…甲野太郎に対する」で、誰に対する破産かがわかる。4番の乙川さんの登記は消されずに残る(破産手続が廃止されれば有効になるから)。
- 原因
- 令和○年○月○日午後3時横浜地方裁判所川崎支部破産手続開始決定
読みどころは3つあります。
第一に、5番の原因欄には「午後3時」と時刻まで記録されます。 破産手続開始の決定は、判決と違って確定を待たずに決定の時から効力が生じるので (破産法30条2項)、分単位・時間単位の先後が問題になりうるからです。 登記簿で時刻を見かけるのはかなり珍しく、破産の登記の特徴です。
第二に、5番の目的欄は「2番所有権登記名義人甲野太郎に対する破産手続開始」となっていて、 誰に対する破産なのかが特定されています。 この記録例では4番で乙川次郎さんに所有権が移っているので、 ただ「破産手続開始」と書いたのではどちらの破産かわからないためです。
第三に、フリーズ中の売買だった4番の登記は抹消されずに残ることです。 保全処分に反する処分も絶対的に無効ではないため登記所は受理せざるをえず、 破産手続開始後は破産財団に対して主張できない(相対的無効)にとどまります。 もし破産手続が廃止されれば4番は完全に有効な登記として復活するので、消さずに取っておくのです。
なお、破産手続開始の登記の登録免許税は 非課税です(破産法261条)——本人はお金を払える状態ではないのですから、当然といえば当然ですね。
地上権についての破産の付記 — 所有権以外の権利の場合
破産財団に入るのは所有権だけではありません。破産者が持っていた地上権 (他人の土地を使う権利)のような所有権以外の権利の場合、破産手続開始の登記は その権利の登記にぶら下がる付記登記でされます。乙区の原本を見てみましょう。
| 権 利 部(乙区) (所有権以外の権利に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 2 | 地上権 | 平成○年○月○日 第○号 | (省略) |
| 付記1号 | 破産手続開始 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(乙区)— 地上権に対する破産の登記(節3)
- 2番地上権受付 平成○年○月○日 第○号
破産者が持っていた、他人の土地を使う権利(地上権)。記録例では中身は省略されている。
- (省略)
- 2番 付記1号破産手続開始受付 令和○年○月○日 第○号
土地そのものではなく「地上権」が破産財団に入ったので、地上権の登記(2番)にぶら下がる付記登記で記録された。所有権以外の権利への破産の登記はこの形。
- 原因
- 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定
順位番号欄が「2番」と「付記1号」でつながっているのは、第1章で見た住所変更の付記と同じ形です。 土地の持ち主が破産したわけではなく、この土地の上の地上権だけが破産財団に入った—— それを表すには、地上権の登記そのものに付箋を貼るのがいちばん正確、というわけです。 原因欄に時刻まで入るのは所有権のときと変わりません。
破産するとどうなる? — 自由の制約と資格制限
破産手続が開始すると、破産者には説明義務や重要財産の開示義務が課され、 裁判所の許可なく居住地を離れられない、郵便物が破産管財人に転送される、といった自由の制約を受けます。 また、後見人・遺言執行者になれない、弁護士・公認会計士・司法書士などになれない、 株式会社の取締役は委任関係が終了する、といった資格制限もあります。 登記簿の1行の裏には、それだけ重い手続きがあるわけです。
破産手続開始決定の取消し等の登記 — 試合終了のお知らせは3種類
始まった破産手続がどう終わるかによって、登記簿に記録される「お知らせ」が変わります。 いずれも裁判所書記官の嘱託による登記です(破産法258条2項)。 書籍はこの節の冒頭に、「どんなときに・どの登記が嘱託されるか」の全体マップを囲みで掲げています。 まずそれを表で押さえましょう。
| どんなとき(破産法258条) | 嘱託される登記 |
|---|---|
| ① 破産手続開始の決定の取消しもしくは破産手続廃止の決定が確定した場合、または破産手続終結の決定があったとき(2項) | 破産手続開始決定取消の登記/破産手続廃止の登記/破産手続終結の登記 |
| ② 破産手続開始の登記がされた権利について、破産法34条4項の決定により破産財団に属しないこととされたとき(3項前段) | 破産手続開始登記の抹消 |
| ③ 破産手続開始の登記がされた権利について、破産管財人がその権利を放棄し、その登記の抹消の嘱託の申立てをしたとき(3項後段) | 破産手続開始登記の抹消 |
※ 書籍p.413の図(①〜③の囲み)を表に再構成。①が本節前半の「お知らせ3種類」、②③が本節後半の「抹消される場合」に対応します。
続いて、①の3つの「お知らせ」を意味と効果で並べて整理しましょう。
| 登記 | 意味 | 効果の向き | 原因の日付 |
|---|---|---|---|
| 破産手続開始決定取消 | 不服申立てが認められ、そもそも破産の要件がなかったとされた | さかのぼって消滅(最初から破産はなかった扱い) | 決定の確定の日 |
| 破産手続廃止 | 財団に費用すら足りない等で、目的を達成しないまま打ち切り | 将来に向かって停止(さかのぼらない) | 決定の確定の日 |
| 破産手続終結 | 配当が終わり、破産手続がめでたく(?)完走した | 手続の終了 | 決定の日 |
意外に感じるかもしれませんが、これら3つの登記をしても、 破産手続開始の登記それ自体に下線は引かれません。 「破産手続開始 → 破産手続終結」と2行並んだ状態が、そのまま「始まって終わった」という歴史の記録になります。 なお破産廃止のうち、開始決定と同時に廃止を決める「同時破産廃止」 (財団に手続費用すらない場合)では、そもそも破産の登記も廃止の登記もされません。
3つの「お知らせ」の記録例 — どれも下線なし
まず取消し。さかのぼって「破産はなかった」ことになる、いちばん強い終わり方です。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | 破産手続開始 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定 |
| 4 | 破産手続開始決定取消 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日破産手続開始決定取消 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 破産手続開始決定の取消し(節4)
- 3番破産手続開始受付 令和○年○月○日 第○号
破産手続が始まった記録。4番の取消しの登記がされても、この行に下線は引かれない。
- 原因
- 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定
- 4番破産手続開始決定取消受付 令和○年○月○日 第○号
不服申立てが認められ、「そもそも破産の条件がなかった」とさかのぼって取り消された。原因の日付は決定が確定した日。
- 原因
- 令和○年○月○日破産手続開始決定取消
次に異時破産廃止。開始決定のあとで費用不足が判明し、途中で打ち切られた場合です。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | 破産手続開始 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定 |
| 4 | 破産手続廃止 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日破産手続廃止 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 異時破産廃止(節4)
- 3番破産手続開始受付 令和○年○月○日 第○号
破産手続が始まった記録。4番の廃止の登記がされても、この行に下線は引かれない。
- 原因
- 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定
- 4番破産手続廃止受付 令和○年○月○日 第○号
手続の途中で「財団に費用すら足りない」とわかり、目的を達成しないまま打ち切られた。さかのぼらず将来に向かって止まるだけ。原因の日付は決定が確定した日。
- 原因
- 令和○年○月○日破産手続廃止
最後に終結。配当まで終わって完走した場合です。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | 破産手続開始 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定 |
| 4 | 破産手続終結 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日破産手続終結 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 破産手続終結(節4)
- 3番破産手続開始受付 令和○年○月○日 第○号
破産手続が始まった記録。4番の終結の登記がされても、この行に下線は引かれない。
- 原因
- 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定
- 4番破産手続終結受付 令和○年○月○日 第○号
配当まで終わり、破産手続が完走した。「始まって終わった」という2行の歴史がそのまま残る。原因の日付は決定の日。
- 原因
- 令和○年○月○日破産手続終結
3つとも「破産手続開始」の行と「お知らせ」の行が2行並ぶだけで、 原本のどこにも下線がない——効果がさかのぼる取消しでさえ下線を引かない、 という取扱いが見て取れます。違いは4番の目的欄・原因欄の言葉だけです。
破産手続開始の登記が「抹消」される場合 — こちらは下線が引かれる
手続の終わり方とは別に、その不動産だけが破産財団から抜ける場合があります。 このときは破産手続開始の登記の抹消が嘱託され、開始の登記に下線が引かれます。 原因は3パターンです。
| 登記原因 | 何があったか | 原因の日付 |
|---|---|---|
| 破産財団除外 | 裁判所が自由財産(破産財団に属さない財産)の範囲を広げ、この不動産が財団から外れた(破産法34条4項) | 決定の日 |
| 権利放棄 | 破産管財人がこの権利を放棄した(売っても費用倒れの物件など) | 放棄の申立ての日 |
| 売却 | 破産管財人が裁判所の許可を得て任意売却した。買い主への所有権移転と併せて抹消される | 任意売却の日 |
3パターンの記録例を順に見てみましょう。まず破産財団除外。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | 破産手続開始 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定 |
| 4 | 3番破産手続開始登記抹消 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日破産財団除外 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 破産財団に属しないこととされた場合(節4 記録例1)
- 3番破産手続開始受付 令和○年○月○日 第○号
破産手続が始まった記録。この不動産が財団から外れたので、4番の抹消で全欄に下線が引かれた。
- 原因
- 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定
- 4番3番破産手続開始登記抹消受付 令和○年○月○日 第○号
裁判所が自由財産(破産財団に入れない財産)の範囲を広げ、この不動産が財団から外れた。原因の日付は決定の日。
- 原因
- 令和○年○月○日破産財団除外
次に権利放棄。破産管財人が「売っても費用倒れ」と判断して手放した場合です。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | 破産手続開始 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定 |
| 4 | 3番破産手続開始登記抹消 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日権利放棄 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 破産管財人がその権利を放棄した場合(節4 記録例2)
- 3番破産手続開始受付 令和○年○月○日 第○号
破産手続が始まった記録。破産管財人がこの不動産を手放したので、4番の抹消で全欄に下線が引かれた。
- 原因
- 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定
- 4番3番破産手続開始登記抹消受付 令和○年○月○日 第○号
売っても費用倒れの物件などで、破産管財人が「この権利はいりません」と放棄した。原因の日付は放棄の申立ての日。
- 原因
- 令和○年○月○日権利放棄
最後に売却。破産管財人が裁判所の許可を得て任意売却した場合で、 この記録例だけ3行構成です。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | 破産手続開始 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定 |
| 4 | 所有権移転 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日売買 所有者 ○市○町○番○号 甲野太郎 |
| 5 | 3番破産手続開始登記抹消 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日売却 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 破産管財人が任意売却した場合(節4 記録例3)
- 3番破産手続開始受付 令和○年○月○日 第○号
破産手続が始まった記録。任意売却で財団から出ていったので、5番の抹消で全欄に下線が引かれた。
- 原因
- 令和○年○月○日午後3時東京地方裁判所破産手続開始決定
- 4番所有権移転受付 令和○年○月○日 第○号
破産管財人が裁判所の許可を得て任意売却し、甲野太郎さんが買った。この登記だけでは開始の登記は自動では消えない。
- 原因
- 令和○年○月○日売買
- 所有者
- ○市○町○番○号 甲野太郎
- 5番3番破産手続開始登記抹消受付 令和○年○月○日 第○号
売却で破産の登記が役目を終えたので、破産管財人の申立てによる嘱託で抹消された。原因「売却」の日付は任意売却の日と一致する。
- 原因
- 令和○年○月○日売却
売却の記録例で面白いのは順番です。買い主への所有権移転(4番)をしただけでは 開始の登記(3番)は自動では消えず、破産管財人の申立てに基づく嘱託で 「3番破産手続開始登記抹消」(5番)がされて、はじめて3番の全欄に下線が引かれます。 原因「売却」の日付が4番の売買の日付と一致するのも確認ポイントです。
「手続全体のお知らせ(取消・廃止・終結)では下線なし、その不動産が財団から抜ける抹消では下線あり」 ——この対比を、上の6つの原本でぜひ見比べてください。破産がらみの登記簿を読むスピードが上がります。
否認の登記 — ズルした取引の取り消し
破産しそうな人が、手続が始まる前に「友だちに安く売ったことにして財産を逃がす」 「仲のいい債権者にだけ先に担保を付けてあげる」といったことをすると、 他の債権者が損をします。そこで破産管財人には、こうした行為の効力を 破産財団との関係で否定して、財産を財団に取り戻す権利が与えられています。 これが否認権(ひにんけん)です。ズルした取引をあとから取り消すレッドカード、と考えてください。
| 類型 | 否認の対象 | 破産法 |
|---|---|---|
| 一般 | 破産債権者を害する行為の否認 | 160条 |
| 一般 | 相当の対価を得てした財産の処分行為の否認 | 161条 |
| 一般 | 特定の債権者に対する担保の供与等の否認 | 162条 |
| 特殊 | 手形債務支払の否認 | 163条 |
| 特殊 | 権利変動の対抗要件の否認 | 164条 |
| 特殊 | 執行行為の否認 | 165条 |
| 特殊 | 転得者に対する否認 | 170条 |
否認には「取引そのもの(登記原因である行為)の否認」と「登記申請行為の否認」の2系統があります。 後者は、取引自体は有効でも、支払停止後にあわてて登記だけを入れて対抗要件を 作った場合などに使われます(破産法164条)。登記の目的欄で読み分けられます: 「○番所有権移転登記原因の破産法による否認」なら行為の否認、 「○番抵当権設定登記の破産法による否認」なら登記の否認です。
否認の登記は、この章ではめずらしく破産管財人が申請する登記です(破産法260条1項)。 否認訴訟で勝った判決書などを添えて単独で申請します(登録免許税は非課税)。
行為の否認の基本形
まず、否認の登記そのものの基本形です。1行だけのシンプルな記録例から。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 5 | 2番所有権移転登記原因の破産法による否認 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日判決 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 登記の原因である行為の否認(節5 記録例1)
- 5番2番所有権移転登記原因の破産法による否認受付 令和○年○月○日 第○号
「2番のもとになった売買や贈与はズル」と裁判所が認めた記録。目的欄の「登記原因の」という言葉が、取引そのものの否認である目印。否認しても2番に下線は引かれない。
- 原因
- 令和○年○月○日判決
破産手続開始前にされた所有権移転の原因(売買や贈与)がズルと認定されると、 このように「○番所有権移転登記原因の破産法による否認」という1行が書き足されます。 原因は「判決」または「決定」で、日付はそれが確定した日です。
転得者がいる場合 — 否認の登記の応用形
転売されていた場合(転得者がいる場合)の記録例を原本で見てみましょう。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | 所有権移転 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日売買 所有者 ○市○町○番○号 甲野太郎 |
| 4 | 所有権移転 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日売買 所有者 ○市○町○番○号 乙川次郎 |
| 5 | 4番所有権登記名義人乙川次郎に対する3番所有権移転登記原因の破産法による否認 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日判決 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 転得者に対する否認の登記(節5 記録例2)
- 3番所有権移転受付 令和○年○月○日 第○号
破産する人が、破産手続が始まる前に甲野太郎さん(受益者)に売った。この売買があとで「ズルした取引」と認定される。
- 原因
- 令和○年○月○日売買
- 所有者
- ○市○町○番○号 甲野太郎
- 4番所有権移転受付 令和○年○月○日 第○号
甲野さんがさらに乙川次郎さん(転得者)に転売した。今の名義人は乙川さん。
- 原因
- 令和○年○月○日売買
- 所有者
- ○市○町○番○号 乙川次郎
- 5番4番所有権登記名義人乙川次郎に対する3番所有権移転登記原因の破産法による否認受付 令和○年○月○日 第○号
裁判所が「3番のもとになった売買はズル」と認めたので、破産管財人が今の名義人(転得者)に対する否認の登記を申請した。否認の登記をしても3番・4番に下線は引かれない。
- 原因
- 令和○年○月○日判決
5番の長い目的欄「4番所有権登記名義人乙川次郎に対する3番所有権移転登記原因の破産法による否認」は、 分解すると「いま4番で名義を持っている乙川さんに向かって、 3番のもとになった売買がズルだったと認定した」という意味です。 否認権は転得者にも行使でき(破産法170条)、転得者の登記がある場合は 転得者に対する否認の登記の申請のみが受理されます。
ここで不思議に思えるのは、否認の登記をしても3番・4番に下線が引かれないことです。 否認の効果は破産財団との関係に限られる(相対的)うえ、このあと破産手続が廃止されれば 取引は元どおり有効になるかもしれない。だから消さずに「否認されたという事実」だけを 5番として書き足すのです。そして、否認の登記がされた不動産について、 今の名義人(乙川さん)が売ったり担保に入れたりする新たな登記の申請は受理されない、 というのが登記実務の取扱いです。財産の管理処分権を失っていることが登記記録上明らかだからです。
登記の否認 — 取引は有効、登記だけがズル
もうひとつの系統、登記の否認(破産法164条)の記録例も見ておきましょう。 取引そのものは有効だけれど、支払停止のあとに15日を過ぎてから、 それを知りつつあわてて入れた登記申請行為が否認された場合です。 抵当権の例なので、こちらは乙区に記録されます。
| 権 利 部(乙区) (所有権以外の権利に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 2 | 1番抵当権設定登記の破産法による否認 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日判決 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(乙区)— 登記の否認(節5 記録例1)
- 2番1番抵当権設定登記の破産法による否認受付 令和○年○月○日 第○号
抵当権の契約自体は有効だが、支払停止のあとにあわてて入れた「登記の申請行為」がズルと認定された。目的欄が「登記の」否認(「登記原因の」ではない)になっているのが読み分けポイント。1番に下線は引かれない。
- 原因
- 令和○年○月○日判決
目的欄が「1番抵当権設定登記の破産法による否認」—— 「登記原因の」という言葉がない分だけ短いのが、行為の否認との見分け方です。 登記の否認にも転得者バージョンがあります。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | 所有権移転 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日売買 所有者 ○市○町○番○号 甲野太郎 |
| 4 | 所有権移転 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日売買 所有者 ○市○町○番○号 乙川次郎 |
| 5 | 4番所有権登記名義人乙川次郎に対する3番所有権移転登記の破産法による否認 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日判決 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 登記の転得者に対する否認(節5 記録例2)
- 3番所有権移転受付 令和○年○月○日 第○号
破産する人から甲野太郎さん(受益者)への移転。今回ズル認定されたのは取引ではなく、この「登記の申請行為」のほう。
- 原因
- 令和○年○月○日売買
- 所有者
- ○市○町○番○号 甲野太郎
- 4番所有権移転受付 令和○年○月○日 第○号
甲野さんがさらに乙川次郎さん(転得者)に転売した。今の名義人は乙川さん。
- 原因
- 令和○年○月○日売買
- 所有者
- ○市○町○番○号 乙川次郎
- 5番4番所有権登記名義人乙川次郎に対する3番所有権移転登記の破産法による否認受付 令和○年○月○日 第○号
今の名義人(転得者の乙川さん)に向かって、3番の「登記」が否認されたという記録。節5前半の記録例と見比べると、「登記原因の」が「登記の」に変わっているだけの違い。
- 原因
- 令和○年○月○日判決
前の転得者の記録例(行為の否認)と5番の目的欄を見比べてください。 「3番所有権移転登記原因の破産法による否認」が 「3番所有権移転登記の破産法による否認」に変わっているだけ。 たった3文字の差で「取引がズルだったのか、登記だけがズルだったのか」を区別しているのです。
登記官の職権による否認の登記の抹消 — 法務局の大掃除
否認で財産が破産財団に戻り、破産管財人がそれを任意売却(または競売で売却)して 新しい買い主への移転登記をする段階になると、否認の登記やズル認定された登記は役目を終えます。 旧破産法ではこれらが抹消されずに残ってしまい、公示として不適切だと指摘されていました。 そこで現在は、否認の登記に係る権利に関する登記をするとき、登記官が職権で 次の3つをまとめて抹消することになっています(破産法260条2項)。
- 当該否認の登記(転得者に対する否認の登記も含む)
- 否認された行為を登記原因とする登記または否認された登記(受益者への移転登記など)
- 2の登記に後れる登記(転得者への移転登記など、否認の登記がされているもの)
実際の記録例を原本で見てみましょう。この章でいちばん行数の多い、にぎやかな登記簿です。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 3 | 所有権移転 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日売買 所有者 ○市○町○番○号 甲野太郎 |
| 4 | 所有権移転 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日売買 所有者 ○市○町○番○号 乙川次郎 |
| 5 | 4番所有権登記名義人乙川次郎に対する3番所有権移転登記原因の破産法による否認 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日判決 |
| 6 | 4番、3番所有権、5番否認登記抹消 | 余白 | 令和○年2月1日売買により破産法第260条第2項に基づき令和○年2月2日登記 |
| 7 | 所有権移転 | 令和○年2月2日 第○号 | 原因 令和○年2月1日売買 所有者 ○市○町○番○号 丙田三郎 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 登記官の職権による否認の登記等の抹消(節6 記録例)
- 3番所有権移転受付 令和○年○月○日 第○号
ズル認定された売買による受益者(甲野さん)への移転。6番の職権抹消で、順位番号から原因・所有者まで全部に下線が引かれた。
- 原因
- 令和○年○月○日売買
- 所有者
- ○市○町○番○号 甲野太郎
- 4番所有権移転受付 令和○年○月○日 第○号
転得者(乙川さん)への転売。これも否認の登記がされていたので、6番の職権抹消でまとめて全欄に下線。
- 原因
- 令和○年○月○日売買
- 所有者
- ○市○町○番○号 乙川次郎
- 5番4番所有権登記名義人乙川次郎に対する3番所有権移転登記原因の破産法による否認受付 令和○年○月○日 第○号
否認の登記そのもの。財産が破産財団に戻って売却まで終われば役目が済むので、これも職権で抹消されて全欄に下線が引かれる。
- 原因
- 令和○年○月○日判決
- 6番4番、3番所有権、5番否認登記抹消受付 余白
登記官が自分の判断(職権)で3番・4番・5番をまとめて抹消した記録。受付年月日・受付番号が「余白」なのは、申請でも嘱託でもない職権登記だから。
- 令和○年2月1日売買により破産法第260条第2項に基づき令和○年2月2日登記
- 7番所有権移転受付 令和○年2月2日 第○号
破産管財人が裁判所の許可を得て任意売却し、丙田三郎さんが新しい持ち主になった。この登記をする「ついで」に、上の6番の職権抹消が行われた。
- 原因
- 令和○年2月1日売買
- 所有者
- ○市○町○番○号 丙田三郎
6番に注目してください。受付年月日・受付番号の欄が「余白」になっています。 申請でも嘱託でもなく登記官が自らした職権登記なので、受付という手続き自体がないのです。 事項欄の「破産法第260条第2項に基づき」という記載が根拠条文を示しています。 7番(破産管財人による任意売却で丙田三郎さんへ移転)の登記をする際に、 登記官が3番・4番・5番をまとめて職権で抹消し、全体に下線を引いた—— 売却という形で否認の効果が確定した瞬間に、法務局が登記簿を大掃除するイメージです。
裁判所書記官の嘱託による否認の登記の抹消 — 消す係の使い分け
同じ「否認の登記の抹消」でも、破産手続が途中で終わってしまった場合は消す係が変わります。 この場合は裁判所書記官が職権で抹消を嘱託し、登記官が勝手に職権で消すことはできません (破産法260条4項)。
| 抹消される場合 | 登記原因 | 原因の日付 |
|---|---|---|
| 破産手続開始決定の取消し/破産手続廃止の決定が確定した | 破産手続開始決定取消/破産手続廃止 | 決定の確定の日 |
| 破産手続終結の決定があった | 破産手続終結 | 決定の日 |
| 破産管財人が否認に係る権利を放棄し、抹消の嘱託を申し立てた | 権利放棄 | 抹消の嘱託の申立ての日 |
使い分けの理屈はこうです。任意売却まで進んで否認の効果が登記記録から客観的に確定している場合は 登記官だけで判断できるので職権(節6)。一方、手続の取消しや廃止のように 裁判所の決定が前提になる場合は、その決定を知っている裁判所書記官の嘱託による(本節)。 「登記記録だけで判断できるか、裁判所の事情を知らないと判断できないか」で係が分かれているのです。
嘱託による抹消の2つの記録例
まず破産手続開始決定の取消しが確定した場合。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 4 | 2番所有権移転登記原因の破産法による否認 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日判決 |
| 5 | 4番否認登記抹消 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日破産手続開始決定取消 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 破産手続開始決定の取消しが確定した場合(節7 記録例1)
- 4番2番所有権移転登記原因の破産法による否認受付 令和○年○月○日 第○号
破産管財人が申請した否認の登記。破産手続の開始決定そのものが取り消されたので、5番の抹消で全欄に下線が引かれた。
- 原因
- 令和○年○月○日判決
- 5番4番否認登記抹消受付 令和○年○月○日 第○号
「そもそも破産はなかった」ことになったので否認も土台を失った。消す係は登記官の職権ではなく、裁判所の決定を知っている裁判所書記官の嘱託。受付番号が付くのが職権登記(余白)との違い。
- 原因
- 令和○年○月○日破産手続開始決定取消
次に破産手続廃止の決定が確定した場合。原因欄以外は同じ形です。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 4 | 2番所有権移転登記原因の破産法による否認 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日判決 |
| 5 | 4番否認登記抹消 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日破産手続廃止 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 破産手続廃止の決定が確定した場合(節7 記録例2)
- 4番2番所有権移転登記原因の破産法による否認受付 令和○年○月○日 第○号
破産管財人が申請した否認の登記。破産手続が途中で廃止されたので、5番の抹消で全欄に下線が引かれた。
- 原因
- 令和○年○月○日判決
- 5番4番否認登記抹消受付 令和○年○月○日 第○号
手続が打ち切られて否認の効果も語れなくなったので、裁判所書記官の嘱託で否認の登記が消された。原因が「破産手続廃止」になっている以外は記録例1と同じ形。
- 原因
- 令和○年○月○日破産手続廃止
節6の職権抹消と見比べてください。あちらの抹消の行は受付欄が「余白」でしたが、 こちらの「4番否認登記抹消」(5番)には受付年月日・受付番号が付いています。 嘱託は裁判所からの正式な依頼として受付を通るからです。 消された否認の登記(4番)に全欄の下線が引かれるのは職権のときと同じ。 受付欄を見れば「誰が消したのか」まで登記簿から読み取れるわけです。
登記官の職権による所有権移転登記 — 抹消できないときの裏ワザ
最後は応用編です。節6の大掃除には例外があります。否認された行為のあと、否認の登記がされる前に、 第三者の権利の登記(破産手続との関係で効力を主張できるもの)が入ってしまった場合です。 書籍の記録例では、破産者から受益者(乙川次郎さん)への移転登記(令和3年2月1日)のあと、 否認の登記(同年4月1日)までの間に、乙川さんを設定者とする抵当権設定の登記 (同年3月1日・乙区1番)がされていました。この抵当権者に対する否認の登記はされていません。
この場合、乙川さんへの移転登記を抹消してしまうと、その上に乗っている有効な抵当権の 土台が消えてしまいます。そこで登記官は、否認の登記の抹消はするものの、 受益者への移転登記の抹消に代えて、 受益者から破産者への所有権移転登記を職権ですることになっています(破産法260条3項)。 移転登記なら抵当権の土台を壊さずに、所有権だけを破産者に戻せるからです。 この職権による移転登記も受付欄は「余白」で、「破産法第260条第3項に基づき」と記録されます。 消せないなら戻す——登記簿の連続性を守るための、よく考えられた裏ワザです。
その実物を原本で見てみましょう。この章でいちばん複雑な、甲区6行+乙区1行の記録例です。 まず甲区から。
| 権 利 部(甲区) (所有権に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 2 | 所有権移転 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年○月○日売買 所有者 ○市○町○番○号 甲野太郎 |
| 3 | 所有権移転 | 令和3年2月1日 第○号 | 原因 令和3年○月○日売買 所有者 ○市○町○番○号 乙川次郎 |
| 4 | 3番所有権移転登記原因の破産法による否認 | 令和3年4月1日 第○号 | 原因 令和3年○月○日判決 |
| 5 | 4番否認登記抹消 | 余白 | 令和○年5月1日売買により破産法第260条第3項に基づき令和○年○月○日登記 |
| 6 | 所有権移転 | 余白 | 所有者 ○市○町○番○号 甲野太郎 令和○年5月1日売買により破産法第260条第3項に基づき令和○年○月○日登記 |
| 7 | 所有権移転 | 令和○年○月○日 第○号 | 原因 令和○年5月1日売買 所有者 ○市○町○番○号 丙田三郎 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(甲区)— 登記官の職権による所有権移転登記(節8 記録例1)
- 2番所有権移転受付 令和○年○月○日 第○号
のちに破産する甲野太郎さんがこの不動産を買って持ち主になった。ここが物語のスタート地点。
- 原因
- 令和○年○月○日売買
- 所有者
- ○市○町○番○号 甲野太郎
- 3番所有権移転受付 令和3年2月1日 第○号
破産間際の甲野さんが受益者の乙川次郎さんに売った。この売買はあとでズル認定されるのに、この行に下線は引かれない。抹消する代わりに6番で「戻す」やり方が選ばれたから。
- 原因
- 令和3年○月○日売買
- 所有者
- ○市○町○番○号 乙川次郎
- 4番3番所有権移転登記原因の破産法による否認受付 令和3年4月1日 第○号
破産管財人が申請した否認の登記。「3番のもとになった売買はズル」という認定の記録で、5番の職権抹消によって役目を終え、順位番号から原因まで全欄に下線が引かれた。
- 原因
- 令和3年○月○日判決
- 5番4番否認登記抹消受付 余白
登記官が職権で4番の否認の登記を抹消した記録。受付欄が「余白」なのは職権登記だから。根拠条文が節6の260条2項ではなく260条3項になっている点に注目。
- 令和○年5月1日売買により破産法第260条第3項に基づき令和○年○月○日登記
- 6番所有権移転受付 余白
この記録例の主役。3番を抹消する代わりに、登記官が職権で乙川さんから破産者の甲野さんへ所有権を戻した。受付欄は「余白」で原因欄もない。乙区1番の抵当権の土台を壊さない「消せないなら戻す」の実物。
- 所有者
- ○市○町○番○号 甲野太郎
- 令和○年5月1日売買により破産法第260条第3項に基づき令和○年○月○日登記
- 7番所有権移転受付 令和○年○月○日 第○号
破産管財人が裁判所の許可を得て任意売却し、丙田三郎さんが新しい持ち主になった。この登記をするときに、登記官が5番・6番の職権登記をまとめて行った。
- 原因
- 令和○年5月1日売買
- 所有者
- ○市○町○番○号 丙田三郎
節6の大掃除(3番・4番・5番をまとめて抹消)と見比べると、違いがはっきりします。 下線が引かれているのは否認の登記(4番)だけで、 ズル認定されたはずの乙川さんへの移転登記(3番)には下線がありません。 代わりに6番で、受付欄「余白」・原因欄なしの職権登記により、 所有権が乙川さんから破産者の甲野さんへ移転の形で戻されています。 5番・6番の事項欄の「破産法第260条第3項に基づき」が、節6の「第260条第2項」と異なる根拠条文です。 そして7番で、破産管財人の任意売却により丙田三郎さんへ。 3番を生かしたまま物語をつないだ理由が、次の乙区です。
| 権 利 部(乙区) (所有権以外の権利に関する事項) | |||
| 順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
| 1 | 抵当権設定 | 令和3年3月1日 第○号 | 原因 令和3年○月○日金銭消費貸借同日設定 債権額 金1,000万円 利息 年○% 損害金 年○% 債務者 ○市○町○番○号 株式会社B 抵当権者 ○市○町○番○号 甲某 |
* 下線のあるものは抹消事項であることを示す。
権利部(乙区)— 登記官の職権による所有権移転登記(節8 記録例2)
- 1番抵当権設定受付 令和3年3月1日 第○号
乙川さんが持ち主だった間(受益者への移転の後、否認の登記の前)に設定された抵当権。破産手続に効力を主張できる第三者の権利なので、その土台である甲区3番は抹消できない。下線もなく生きたまま残る。
- 原因
- 令和3年○月○日金銭消費貸借同日設定
- 債権額
- 金1,000万円
- 利息
- 年○%
- 損害金
- 年○%
- 債務者
- ○市○町○番○号 株式会社B
- 抵当権者
- ○市○町○番○号 甲某
乙区1番の抵当権(受付は令和3年3月1日。受益者への移転と否認の登記のちょうど間)には、 下線がまったくありません。破産手続との関係で効力を主張できる第三者の権利として、 職権の大掃除のあとも生き続けているのです。 もし甲区3番を抹消していたら、この抵当権は設定者の登記を失って宙に浮いてしまう—— 「消せないなら戻す」は、この1行を守るための仕組みだったわけです。
ここまでの節5〜節8の仕組みは、実は破産法260条という1本の条文に全部詰まっています。 書籍も章の締めくくりに条文の囲みを掲げているので、各項の役どころを表で再構成しておきます。
| 破産法260条 | 定めていること | 本記事の節 |
|---|---|---|
| 1項 | 登記原因である行為が否認されたら、破産管財人が否認の登記を申請しなければならない(登記が否認されたときも同様) | 節5(否認の登記) |
| 2項 | 登記官は、否認の登記に係る権利に関する登記をするとき、職権で「当該否認の登記」「否認された行為を登記原因とする登記または否認された登記」「それに後れる登記」を抹消しなければならない | 節6(職権による大掃除) |
| 3項 | 否認の登記より前に、効力を主張できる第三者の権利の登記があるときは、2項にかかわらず、否認の登記の抹消と破産者への移転の登記を職権でしなければならない | 節8(本節・消せないなら戻す) |
| 4項 | (書籍の囲みでは省略)破産手続が途中で終わった場合等の、裁判所書記官の嘱託による抹消 | 節7(嘱託による抹消) |
※ 書籍p.433の条文の囲み(破産法260条・4項は書籍でも省略)を、各項の要点と本記事の節の対応で表に再構成しています。
まとめ — この章で覚える3つのこと
- 破産関係の登記は申請によらない。裁判所書記官が頼む「嘱託」と、登記官が自らする「職権」(受付欄が「余白」になる)が主役。例外的に否認の登記だけは破産管財人が申請する。
- 破産手続開始の登記は個人だけ・時刻まで記録。法人は法人登記簿で公示されるので不要。決定の時から即効力が生じるため原因欄に「午後3時」のように時刻が入る。
- 下線の有無で効果を読む。取消・廃止・終結や否認の登記では対象の登記に下線を引かず(復活の可能性や相対効のため)、財団からの除外・権利放棄・売却による抹消や職権の大掃除では下線が引かれる。
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