民族構成
台湾の人口2,340万人を、年表ではなく「5つの問い」で分け直す。 本省人・外省人・客家・原住民16族という4区分は数字で覚えるより、 「なぜそう呼ばれるのか」「なぜここ30年で意識が変わったのか」で押さえると、 『街道をゆく40』に出てくる人物の話が立体的に読める。
このページで考える5つの問い
4集団の全体像
まず数字を一目で。族群の分け方は時代で揺れているが、おおまかには以下の比率で語られる。 ただし戦後70年以上が経って世代が重なったため、「本省人/外省人」の当事者意識は若い世代ほど薄れている。
| 集団 | 比率の目安 | 主な定義 | 主な居住地 |
|---|---|---|---|
| 本省人(福佬/ホーロー) | 約70% | 17世紀以降に福建南部(閩南)から渡来した漢人とその子孫 | 島全域(特に台南・高雄・台北など平地) |
| 本省人(客家) | 約14% | 広東東部・福建西部から渡来。独自の言語と慣習を保持 | 桃園・新竹・苗栗・屏東・花蓮 |
| 外省人 | 約10% | 1945〜1949年前後に国民党とともに大陸各地から渡来した漢人とその子孫 | 台北周辺の眷村が起点。現在は全土に分散 |
| 原住民(16族) | 約2.7% | オーストロネシア語族系。漢人渡来以前から居住 | 中央山脈・東部(花蓮・台東)・蘭嶼 |
2025年末時点で公認原住民は629,456人(総人口の約2.7%)。福佬・客家の比率は調査主体により幅があり、ここでは行政院統計の代表値を採用している。
Q1. 本省人と外省人は何が違うのか?
ふたつとも漢人だが、台湾に来た時期と話す言葉が違う。 本省人は17世紀以降に福建・広東から渡ってきた人々の子孫で、日本統治の50年間を経験している。 外省人は1945〜1949年前後、国民党とともに大陸各省から渡ってきた人々で、北京語や上海語など多様な大陸語を持ち込んだ。

2026年現在、外省人の比率は約10%まで下がり、若い世代では本省人との通婚も進んで「自分は何省人か」を意識する場面は減った。 ただし政治の地形図には残っており、藍(国民党系・親大陸)/緑(民進党系・本土派)の対立構造の底流をなしている。 戦後と民主化のページでこの政治対立を扱う。
Q2. なぜ客家は独自の言語を保てたのか?
客家は漢民族の一支流だが、独自の言語(客家語)と祖先意識を持つ。 台湾には北部の桃竹苗(桃園・新竹・苗栗)と、南部の六堆(屏東・高雄)に二大集住地がある。 新竹県の客家比率は71.6%、苗栗県は64.6%。市場でも家庭でも客家語が普通に飛び交う。

日本統治期には総督府が客家語を独立した一言語として扱い、戦後の国民党も結局抑え切れなかった。 2001年には客家委員会が設置され、現在はテレビ局「客家電視台」も24時間客家語で放送している。 李登輝家は新北市三芝の客家系で、桃竹苗・六堆とは別ルートで台湾北端に渡った系統にあたる。
Q3. 原住民はなぜ「9族」から「16族」に増えたのか?
台湾の原住民はすべてオーストロネシア語族系で、漢人渡来以前から住んでいた。 現在の中華民国が公認する原住民族は16族だが、これは固定された数字ではなく、1980年代までは「9族」だった。 民主化以降に独立した族として認定された経緯がある。


さらに2025年10月の「平埔原住民族身分法」と2026年1月の関連法整備により、漢化が進んでいたシラヤ(Siraya)など平埔(へいほ)系10族にも法的アイデンティティが拡張されつつある。 16族の数字も、近いうちにまた変わる可能性が高い。
Q4. なぜ「台湾人」アイデンティティはここ30年で激増したのか?
國立政治大學選舉研究中心が1992年から継続している調査がある。 設問は「あなたは自分を台湾人だと思うか、中国人だと思うか、どちらでもあると思うか」。 この30年余の推移が、戦後台湾の意識変化を一枚の絵にして見せてくれる。
| 年 | 台湾人 | 中国人 | どちらでもある |
|---|---|---|---|
| 1992 | 17.6% | 25.5% | 46.4% |
| 2008頃 | 40%台 | 一桁 | 40%台(拮抗) |
| 2020 | 67.0% | 2.4% | 27.5% |
| 2024.2 | 61.7% | 2.4%(最低) | 32.0% |
司馬遼太郎が訪台した1993〜1994年は、ちょうど「中国人」と「どちらでもある」が拮抗していた転換点にあたる。 李登輝による民主化、1996年の初の総統直接選挙、2000年の民進党陳水扁政権、2014年のヒマワリ学生運動、2016年の蔡英文政権と、政治的事件のたびに「台湾人」グラフが階段状に跳ね上がってきた。 詳しくは 戦後と民主化 へ。
Q5. 二・二八事件は本省人外省人の溝にどう刻まれたか?
1945年の終戦で日本が引き揚げ、中華民国(国民党)が台湾を接収した。 本省人は当初「祖国復帰」を歓迎したが、すぐに国民党行政の腐敗・インフレ・本省人差別への失望が広がる。 1947年2月27日、台北の闇煙草取締りで女性が殴打されたのをきっかけに、翌28日のデモに憲兵隊が発砲、蜂起は全島に広がった。


犠牲者数の推計には幅があるが、1万8千〜2万8千人前後の数字が広く引用される。 二・二八と続く白色テロ(戒厳令期 1949–1987)は、戦後台湾の本省人外省人関係を理解する原点。 この記憶が、現在の藍/緑の政治対立の底流にも、Q4で見た「台湾人」アイデンティティの増加にも、地下水脈として流れ続けている。
原住民16族 — 北から南へ
最後に、Q3で扱った16族の地理的な配置を一覧で残しておく。中央山脈と東海岸、そして離島の蘭嶼に分布する。 言語はすべてオーストロネシア語族で、漢語とは系統が異なる。
- 北部・中部山地:泰雅(Atayal)、賽夏(Saisiyat)、賽德克(Seediq)、太魯閣(Truku)
- 中部・日月潭周辺:邵(Thao)、布農(Bunun)、鄒(Tsou)
- 南部山地:魯凱(Rukai)、排灣(Paiwan)、拉阿魯哇(Hla'alua)、卡那卡那富(Kanakanavu)
- 東海岸(花蓮・台東):阿美(Amis、最大族)、卑南(Puyuma)、噶瑪蘭(Kavalan)、撒奇萊雅(Sakizaya)
- 離島(蘭嶼):達悟/雅美(Tao/Yami)
出典・参考
- 中華民国行政院「族群(國情簡介-人民)」 — 原住民族2.6%、外来人口1.2%等の公式数値
- Taiwanese indigenous peoples - Wikipedia — 公認16族のリストと人口
- Taiwan News「Indigenous population surpassed 620,000 in 2025」 — 2025年末で629,456人・総人口の2.7%
- 中央社「政大調查:民眾自認中國人比率創新低」(2024) — 政大選舉研究中心の最新調査
- 若林正丈「台湾のあり方を見つめ続けてきた世論調査」(交流協会, 2020) — 政大調査の時系列分析
- 客家裔臺灣人 - 維基百科 — 新竹・苗栗・桃園・屏東等の客家比率
- 中華民国の人口統計 - Wikipedia — 本省人・外省人比率の概要
- Wikipedia: 台湾原住民族 — 16族の認定史
- Wikipedia: 二・二八事件