言語

台北MRTの駅放送は「国語 → 台湾語 → 客家語 → 英語」の順に流れる。 この4言語の順番ひとつに、400年の移民史と50年の日本統治と42年の戒厳令が畳み込まれている。 『街道をゆく40』で戦前世代が日本語で語り出す場面を理解するために、台湾の言語層を5つの問いで押さえる。

このページで考える5つの問い

  1. 「国語」と中国大陸の「普通話」はどう違うのか?
  2. なぜ台湾語は学校で教わってこなかったのか?
  3. 客家語と原住民諸語はなぜ性質がまったく違うのか?
  4. 「日本語世代」とは誰のことか、いま残っているのか?
  5. 駅放送の「国語→台湾語→客家語→英語」は何を物語るのか?

5つの言語層

現在の台湾には大きく分けて5つの言語層がある。 2019年施行の「国家言語発展法」により、台湾で固有に発達した言語はすべて「国家言語(國家語言)」として法的に対等になった。 ただし日常の実態としては、国語(華語)が依然として圧倒的な共通語である。

言語系統話者の中心場面
国語(華語)シナ・チベット語族(大陸の普通話に近い)全世代・全族群学校・テレビ・公共放送・行政・ビジネス
台湾語(閩南語 / 台語)シナ・チベット語族 閩語派本省人(福佬)の大半。中高年で日常使用家庭・市場・地方放送・廟・選挙演説
客家語シナ・チベット語族 客家語派客家集住地(桃竹苗・屏東六堆)家庭・客家委員会のテレビ局「客家電視台」
原住民諸語(16族)オーストロネシア語族各原住民族のコミュニティ家庭・原住民族電視台・部落の集会
日本語(日本語世代)1945年までに教育を受けた本省人高齢者同世代同士の私的会話・回想録・対談

家庭内使用言語の自己申告では、国語が約66%、台湾語が約32%、客家語が約1.5%、原住民語が約1%という調査もある(時期・主体で揺れあり)。

Q1. 「国語」と中国大陸の「普通話」はどう違うのか?

台湾の「国語(華語)」と中国大陸の「普通話」は、もとは同じ北京語をベースにしているため相互理解はできる。 しかし表記・発音記号・語彙が分かれた70年で別物になりつつある。 最大の違いは表記体系で、台湾は繁体字、大陸は簡体字を使う。 たとえば「学習」は台湾「學習」、大陸「学习」。新聞・看板・スマホ画面まで、見た目から違う言語空間に見える。

さらに大きな分岐点が 発音記号。大陸はローマ字の「拼音(ピンイン)」だが、 台湾は 注音符号(ボポモフォ) = ㄅㄆㄇㄈ という独自の表音文字を使う。 台湾人の小学校1年生は最初の数か月、漢字より先にこの37個の記号を覚える。 スマホのキーボードも「注音入力」が標準で、ローマ字を介さずに中国語を打ち込む。 この一点だけで、台湾人の言語感覚は大陸とまったく別になる。

語彙も生活の単位で違う。「自転車」は大陸「自行车」、台湾「腳踏車」。 「タクシー」は大陸「出租车」、台湾「計程車」。「じゃがいも」は大陸「土豆」、台湾では同じ「土豆」が「ピーナッツ」を指す(じゃがいもは「馬鈴薯」)。 旅行者がメニューや交通系アプリを使う時、台湾語訳・大陸語訳が両方あれば迷わず台湾の方を選ぶこと。

Q2. なぜ台湾語は学校で教わってこなかったのか?

台湾語(閩南語)は、福建省南部から渡ってきた漢人移民が17世紀以降に台湾で発展させた言語。 本来は人口の7割以上を占める本省人(福佬)の母語で、声調も7〜8調と豊かに残り、北京語話者には聞き取れない別系統の音体系を持つ。 にもかかわらず、戦後50年近く学校では教えられなかった。

台湾語(福佬話)の使用分布
台湾語(閩南語・福佬話)の使用分布。濃い緑ほど話者比率が高い。西部平野と南部が中心で、東部・山地は薄い。 Photo: Wikimedia Commons
1945年に台湾を接収した国民党政府は、北京語を「国語」と定め、それ以外を一括して「方言」として抑圧した。 学校で台湾語を話した児童は罰金・首から「我不説方言」の札を下げる罰など、屈辱的な指導を受けた時期が長い。 この国語政策が、戦後生まれの本省人世代に「台湾語は家でだけ話す言葉」というダイグロシアを刷り込んだ。 いま30代以下の本省人で台湾語を流暢に話せる人が急減しているのは、その時代の延長である。

2000年代以降は小学校で「本土語言(台湾語・客家語・原住民語のいずれか)」が必修化され、テレビでも「民視」「三立」など台語比率の高いチャンネルが力を持つ。 2019年の国家言語発展法でようやく「国家言語」に格上げされたが、いったん細った話者層を戻すのは時間がかかる。 市場や夜市や選挙演説で耳にする活きた台湾語を、ぜひ聞き分けてみる価値がある。

Q3. 客家語と原住民諸語はなぜ性質がまったく違うのか?

台湾の少数言語と一括りにされがちな客家語と原住民諸語は、言語学的にはまったく違う出自を持つ。 客家語は漢族の言語(シナ・チベット語族)の一派で、中国大陸の華北から南下した客家人の言葉。 一方、原住民諸語はオーストロネシア語族で、漢語とは語族そのものが違う。

客家語の使用分布(東アジア)
客家語の使用分布。広東省北東部・福建省西部・江西省南部の三省境界が中心で、台湾の客家人もそこから渡ってきた。 Photo: Wikimedia Commons
台湾原住民諸語の分布
台湾原住民諸語の分布。16族それぞれが別言語を持ち、山地・東部・南部の島に散らばる。色の数がそのまま言語の数。 Photo: Wikimedia Commons
オーストロネシア語族は、フィリピン語・マレー語・インドネシア語・ハワイ語・マオリ語・マダガスカル語まで広がる 太平洋・インド洋に最も広く分布する語族。台湾はこの語族の発祥地とされる説が有力で、 つまり原住民の言葉は太平洋全域の言語の祖型を残している。 「目」を意味する語が、台湾アミ族で mata、ハワイ語で maka、マオリ語で mata。3千年隔てて発音がほぼ同じ。

客家語は新竹・苗栗・桃園と屏東六堆に集住地があり、客家委員会(行政院直属)と 客家電視台 が放送と教育で言語を守る。 原住民諸語は16族すべてが 原住民族電視台 で番組を持ち、それぞれ独自のニュースが流れる。 詳しくは 民族構成 ページ参照。

Q4. 「日本語世代」とは誰のことか、いま残っているのか?

1895〜1945年の 日本統治時代 に教育を受けた本省人世代を「日本語世代」と呼ぶ。 とくに皇民化政策期(1937〜1945)の若年層は学校で北京語をまったく学んでおらず、戦後に「国語」(北京語)をいちから覚え直すことになった。 家では台湾語、書き物と思索は日本語、戦後は仕事で国語、という三重の言語生活を送ったのがこの世代である。

李登輝(中華民国第7・8代総統)
李登輝(1923–2020)。日本統治期に旧制台北高校・京都帝大農学部で学び、司馬遼太郎との対談で「22歳まで日本人だった」と語った日本語世代の象徴。 Photo: Wikimedia Commons
司馬遼太郎『街道をゆく40』で対談する李登輝総統は、対談の途中で難しい概念に差し掛かると日本語に切り替えた。 農業経済学・哲学・キリスト教神学といった抽象語彙は、京都帝大で日本語で身につけたまま体系化されているので、母語の台湾語や後から覚えた北京語では出てこない。 言語は世代の精神構造そのものを規定する、という事実が一冊の対談本に立ち現れる。

2026年現在、日本語世代は90代以上となり、現役で会話できる人は急速に少なくなっている。 台北では永康街・温州街など旧台北帝大周辺、北部の北投・基隆、南部の台南老舗茶藝館などで、いまも日本語の声を聞くことがある。 戦後「国語政策」と日本語抑圧の流れは 戦後と民主化 にまとめてある。

Q5. 駅放送の「国語→台湾語→客家語→英語」は何を物語るのか?

台北MRT・台鉄の駅構内放送は、原則 国語 → 台湾語 → 客家語 → 英語 の4言語順序で流れる。 看板も主要観光地では4言語併記が多い。観光客には冗長に感じるこの順序自体が、台湾の言語政策の到達点である。

台北捷運(MRT)車内
台北捷運(MRT)車内。次駅案内は国語・台湾語・客家語・英語の4言語で流れる。観光客向けの英語サービスではなく、国内の言語政策の表出。 Photo: Wikimedia Commons
この順序が制度化されたのは、2000年の「大眾運輸工具播音語言平等保障法(公共交通機関における放送言語の平等保障法)」による。 国民党政権下で長く抑圧された台湾語・客家語を、民進党・陳水扁政権が法的に「国語と並ぶ」位置に引き上げた象徴的な立法。 観光客の便宜ではなく、本省人・客家人の言語をかつての差別から救い出す歴史的補償の意味がある。 毎朝の通勤の車内放送が、戒厳令期の言語抑圧への国家としての償いになっている。

旅行者として最低限覚えておくと便利なフレーズ(國語の繁体字+ピンイン目安):

  • こんにちは: 你好(nǐ hǎo / ニーハオ)
  • ありがとう: 謝謝(xiè xie / シエシエ)
  • すみません(呼びかけ): 不好意思(bù hǎo yì si / ブーハオイース)
  • いくらですか: 多少錢?(duō shǎo qián / ドゥオシャオチェン)
  • これを下さい: 我要這個(wǒ yào zhè ge / ウォーヤオジェガ)
  • 領収書ください: 請給我發票(qǐng gěi wǒ fā piào)

台湾語の「ありがとう」は 多謝(to-siā / トーシャ)。市場や老舗で使うと喜ばれる。

出典・参考