不動産投資レバレッジ効果の検証 ― 本当に「3.5%運用と同じ」なのか?
問題提起
「表面利回り7%の新築物件をLTV90%・金利2.4%/30年で購入し、10年後に同額で売却した場合、投下自己資金を3.5%で運用したのとほぼ同じ。保有中のリスクや心労を加味してやる価値はあるのか?」
この主張を検証するため、キャッシュフローベースのシミュレーションを行った。
シミュレーション前提条件
| 項目 | 値 | 備考 |
|---|---|---|
| 物件価格 | 1億円 | — |
| 表面利回り | 7.0% | 年間賃料700万円 |
| 融資比率(LTV) | 90% | 借入9,000万円 |
| 借入金利 | 2.4% | 固定想定 |
| 借入期間 | 30年 | 元利均等返済 |
| 保有期間 | 10年 | — |
| 経費率 | 30% | 管理費・修繕積立・固都税・空室損等 |
| 購入諸費用 | 7% | 登記・不動産取得税・仲介手数料等 |
| 売却諸費用 | 3.5% | 仲介手数料等 |
| 売却価格 | 購入価格と同額 | インフレによる名目維持を前提 |
シミュレーション結果
キャッシュフロー概要
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 投下自己資金(頭金+諸費用) | ▲1,700万円 |
| 年間NOI(純収益) | 490万円 |
| 年間返済額(元利均等) | 424万円 |
| 年間運営キャッシュフロー | 65.7万円 |
| 10年後ローン残高 | 6,677万円 |
| 売却手取り(1億 − 350万 − 6,677万) | 2,973万円 |
| トータル回収(運営CF+売却手取り) | 約3,630万円 |
投資成果
| 指標 | 値 |
|---|---|
| 自己資金IRR(税引前) | 8.83% |
| トータルリターン | 約113% |
「3.5%説」はなぜ間違いか
元の主張は、年間運営CFだけを見て 65.7万 ÷ 1,700万 ≈ 3.9% → ざっくり3.5% と計算したものと思われる。
しかしこの計算はローンの元金返済による資産蓄積を完全に無視している。毎年の返済額424万のうち、利息は初年度216万円で、残り208万円は元金返済に充当される。10年間で約2,323万円の元金が返済され、これが売却時に自己資金として回収される。この「見えないリターン」を含めるとIRRは約8.83%となり、3.5%とは大きく異なる。
金融商品との比較
1,700万円を一括で複利運用した場合の10年後評価額:
| 年利 | 10年後評価額 | 利益 |
|---|---|---|
| 3.5% | 2,398万円 | 698万円 |
| 4.0% | 2,516万円 | 816万円 |
| 5.0% | 2,769万円 | 1,069万円 |
| 6.0% | 3,044万円 | 1,344万円 |
| 7.0% | 3,344万円 | 1,644万円 |
| 8.0% | 3,669万円 | 1,969万円 |
| 9.0% | 4,024万円 | 2,324万円 |
| 10.0% | 4,410万円 | 2,710万円 |
不動産のトータル回収約3,630万円は、一括複利運用で見ると7〜8%の間に相当する。IRRが8.83%とやや高くなるのは、途中で毎年CFを受け取れることの時間価値が加味されるためである。
感度分析(利回り × 金利のIRRマトリクス)
LTV90%、経費率30%、10年後同額売却の条件で固定。
| 表面利回り\金利 | 1.5% | 2.0% | 2.4% | 3.0% | 3.5% |
|---|---|---|---|---|---|
| 5.0% | 5.48% | 3.78% | 2.36% | 0.12% | -1.84% |
| 6.0% | 8.63% | 6.95% | 5.55% | 3.35% | 1.41% |
| 7.0% | 11.89% | 10.22% | 8.83% | 6.65% | 4.75% |
| 8.0% | 15.24% | 13.58% | 12.21% | 10.05% | 8.17% |
| 9.0% | 18.68% | 17.04% | 15.67% | 13.53% | 11.66% |
| 10.0% | 22.21% | 20.58% | 19.22% | 17.09% | 15.24% |
金利が3.5%まで上昇し、表面利回りが6%まで下がると、IRRは2%未満にまで低下する。
総合評価
不動産投資の構造的な課題(現在の市況下)
レバレッジが利益も損失も9倍に増幅する: LTV90%で買うと、自己資金の9倍を不動産市場に晒すことになる。物件価格が10%下がれば自己資金は吹き飛ぶ。それで得られるIRRが8〜9%では、張っている額に対してリターンが薄い。
表面7%を都内で拾えない: 都内の新築〜築浅で表面7%の物件はほぼ出てこない。7%を狙うと地方か築古に手を伸ばすことになり、空室が長引き、売りたいときに買い手がつかないリスクを抱え込む。
金利上昇が直接キャッシュを削る: 変動金利なら毎月の返済額がそのまま膨らむ。固定金利でも、金利上昇局面では物件の売却価格が押し下げられるため、出口で回収額が目減りする。
10年間、管理業務から逃げられない: 管理会社との折衝、入退去の手配、修繕の判断、確定申告――これらが10年間途切れることなく降りかかる。証券口座の株はクリック一つで売れるが、不動産はそうはいかない。
株式投資(半導体・AI銘柄)との比較優位
自分の手で財務諸表を読み解ける領域に資金を投じる方が、判断の精度を上げやすい。株式はいつでも市場で売却でき、管理コストも発生しない。成長セクターの過去10年リターンはIRR 8〜9%を超えてきた実績がある。同じ1,700万円を使うなら、自分が土地勘を持つ領域に集中させた方がリターンを取りに行ける。
結論
「3.5%運用と同じ」という元の主張は、元金返済を見落としている。正しくはIRR約8.83%になる。しかし、この8.83%を手にするために10年間の管理労務を引き受け、物件価格下落・金利上昇・空室長期化のリスクを9倍のレバレッジで背負うことになる。リスクと手間を差し引くと、実質的に手元に残る価値は3〜4%程度まで縮む可能性がある。金利が上がり利回りが圧縮される今の市況で、わざわざ不動産にレバレッジをかけに行く理由は見当たらない。
2026年2月 シミュレーション実施