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「好き」の先にある条件 — 自己決定的であること
つんく♂ note「凡人が、天才に勝つ方法。」を読み自分の経験と照らし合わせて気づいたこと。
つんく♂の主張(要約)
「好き」でないと圧倒的な量をこなせない
- 「得意」は途中で飽きる
- 「好き」だけが継続を可能にする
- 天才でない限り、量で勝負するしかない
→ だから「好き」を見つけ、言語化し、圧倒的な量をこなせ
私の気づき:「好き」だけでは足りない
つんく♂の主張は正しい。しかし、私にとっては「好き」の中にもう一つ条件がある。
「自己決定的であること」
- 好きでも自己決定できなければ続かない
- 好きかどうか曖昧でも自己決定的であれば続けられる
具体例:サッカーと税務
サッカー(続けられた)
- 好きかどうか、正直わからない
- でも20年以上続けてこられた
- 理由:試合の中で自己決定的な部分を保てたから
- 高校時代、怒られてストレスだったのは「自分のプレーができなかった」から
- つまり自己決定を奪われた時に苦痛を感じていた
税務(ストレスを感じる)
- 嫌いではない。むしろ得意な領域
- でも不毛感がある
- 理由:最終的な「正解」を税務当局が握っている
- 数年かけて調査官に判断されて初めて事実が確定する
- 自分で正解を決められない構造そのものがストレス
構造の違い
| サッカー | 税務 | |
|---|---|---|
| 好き度 | 曖昧 | 嫌いではない |
| 得意度 | ○ | ◎ |
| 自己決定度 | ◎(試合中) | ×(当局依存) |
| 継続できるか | ◎ | △(構造変更が必要) |
結論:継続可能性を決めるのは「好き」より「自己決定的であるか」
つんく♂理論の拡張
原典の構造
好き → 圧倒的な量 → 打率向上 → 凡人が天才に勝つ
拡張版(私の場合)
好き × 自己決定的 → 圧倒的な量 → 打率向上 → 凡人が天才に勝つ
あるいは、より正確には:
自己決定的である
↓
継続できる(量をこなせる)
↓
結果として「好き」になる(後付けの言語化)
「好き」の正体
もしかすると、私が「好き」だと感じてきたものの正体は:
「自己決定できる状態」そのもの
- 対象が何かは実はあまり関係ない
- ゲームでも投資でも不動産でも会計でも
- 自己決定できる構造であれば苦にならない
- 自己決定できる構造であれば量をこなせる
- 量をこなした結果上達し、さらに好きになる(正のループ)
自己決定の3条件
継続可能な領域を選ぶための判断基準:
- 自分でルールを決められるか
- 外部(国・上司・クライアント)にルールを握られていないか
- 自分で正解を定義できるか
- フィードバックが自分の基準で得られるか
- 他者の判断を待たなくていいか
- 結果責任を自分で負えるか
- 成功も失敗も自分のものとして引き受けられるか
領域選定への適用
つんく♂の四象限(興味関心 × 市場魅力度)に加えて:
三次元で考える
自己決定度(高)
↑
│
興味関心───┼───市場魅力度
(高) │ (高)
│
↓
自己決定度(低)
優先順位:
- 自己決定度が高い
- 興味関心がある(または「嫌いではない」)
- 市場魅力度がある
※ 自己決定度が低い領域は、どれだけ好きでも市場が大きくても、継続できない
私の場合の適用
◎ 続けるべき(自己決定的)
- コンテンツ制作(Udemy、絵本、投資分析)
- ツール/アプリ開発(自社専用)
- 投資判断
- 財務シミュレーション教材
△ 構造を変えれば続けられる
- 税理士事務所 → 実務から離れ「仕組みの提供者」になる
- 税務コンテンツ → 「正解を教える」→「考え方を提供する」
× 手放す
- 時間を売るモデル全般
- 当局判断に依存する実務(記帳代行等)
まとめ
つんく♂は言う:「好き」でないと量をこなせない
私は付け加える:「自己決定的」でないと量をこなせない
もしかすると、私にとっての「好き」の本質は、対象への愛着ではなく、自己決定できる状態への愛着なのかもしれない。
だから領域に縛られない。 だから「何をやるか」より「どういう構造でやるか」が重要。 だから、自己決定できる構造さえあれば、何でも続けられる。
次のアクション
- 現在の活動を「自己決定度」で再評価する
- 自己決定度が低い活動は、構造を変えるか手放す
- 自己決定度が高い活動に時間を集中させる
- 「好きかどうか」より「自己決定できるか」で判断する