JICPA(日本公認会計士協会)の職業倫理研修(2025年実施、講師:脇氏)の内容を構造化した記事。社外役員・組織内会計士向けに、倫理規則の最新改正ポイントと実務上の留意点を整理している。
研修の全体像
| # | テーマ | 適用状況 |
|---|---|---|
| 1 | マインドセット(探求心) | 2022年定期総会で承認済み・適用中 |
| 2 | 違法行為への対応(NOCLAR) | 2019年制定・適用中(2024年改正) |
| 3 | 監査人の独立性(二項業務の同意) | 2024年改正・適用中 |
| 4 | テクノロジーへの対応 | 基本原則に組み込み済み・適用中 |
| 5 | タックスプランニング | 2025年7月定期総会で承認・2026年4月1日から適用 |
| 6 | サステナビリティ保証 | IESBA基準は公表済み・2026年7月にJICPA規則化予定 |
| 7 | 会計事務所の文化(Firm Culture) | IESBA検討中・時期未定 |
| 8 | グループ監査における独立性 | 改正済み |
前提:なぜ職業倫理が強化されているのか
公認会計士の価値が問われている
| 問題 | 内容 |
|---|---|
| なり手の減少 | 国際的に公認会計士の受験者が減少傾向。中国では5年で約40%減 |
| 魅力の低下 | 不祥事の多発、タックスプランニングへの批判により「社会に貢献していない」という評価 |
| 生成AIの台頭 | 高度な会計知識は生成AIに代替される可能性がある |
| サステナビリティの台頭 | 財務価値だけでなく非財務価値の重要性が増し、従来の会計士の守備範囲を超えている |
職業倫理の位置づけ
- 倫理規則はJICPAの総会マター(委員会報告より上位。会員の投票で決定)
- 国際倫理基準(IESBA)→ 日本の倫理規則(JICPA)へコンバージェンスするプロセス
- IFRSを日本基準に取り込むのと同じ手続き
JICPAのタグライン
信頼を創り、未来へ(Building Trust, Empowering the Future)
会計や財務の専門知識は当たり前の前提。その上で、高い倫理観によって信頼を生み出すことが公認会計士の価値の源泉であるという考え方。
職業倫理とは何か
一般的な倫理との違い
職業倫理が一般的な倫理と異なる理由は3つ。
| ポイント | 説明 |
|---|---|
| 優越的立場 | 「公認会計士」と名乗った瞬間に、相手は信用できるプロだと認識する。医者と同様、発言がそのまま真に受けられる |
| 顧客の利益保護 | 公認会計士という職業に属する人全体の利益でもある。非倫理的な同業者の行動によって職業全体が損なわれる |
| 社会的影響 | 不祥事が起きると「公認会計士の○○」と報道され、個人の問題が職業全体のイメージを毀損する |
基本原則の変更点(2024年改正)
5つの基本原則のうち、4つ目が**「守秘義務」から「秘密保持」へ変更**。
| 項目 | 守秘義務(旧) | 秘密保持(新) |
|---|---|---|
| 公の情報になった場合 | 義務が解除される | 解除という概念がない |
| 終了後の扱い | 公知の事実は話せる | プロとして情報管理を継続 |
| 理由 | — | プロの発言は重く、何かを話せば類推を呼ぶ可能性がある |
具体例:M&Aに関与した場合、公表後であっても「あの時実はこうだった」と話すことは秘密保持に反する。プロの発言が次のアクションを類推させる可能性があるため。
1. マインドセット:探求心(Inquiring Mind)
2022年定期総会で承認。
概要
監査における「職業的懐疑心(Professional Skepticism)」に似ているが、別の概念。
| 概念 | 対象 | スタンス |
|---|---|---|
| 職業的懐疑心 | 監査人 | 最初から疑ってかかる |
| 探求心 | 組織内会計士・社外役員 | 入手した情報を鵜呑みにしない |
企業内で全てを疑ってかかるのは現実的に不可能。探求心は「鵜呑みにしない」「確認する」というスタンス。
実務上のポイント
入手した情報について、合理性を確認する手続きを取る。
具体例:
- 減損判定で事業部門からDCFの将来キャッシュフローが出てきた → 経済成長率やマクロ環境と整合しているか確認
- バリュエーションレポート作成時に会社からデータを受領 → 免責事項があっても、プロとしてインクワイアリングすべき
- 生成AIで作成された将来キャッシュフロー → 「AIが作ったから正しい」ではない。どういうデータを使ったか、結果が妥当か確認
注意すべきバイアス
| バイアス | 説明 |
|---|---|
| アンカリングバイアス | 最初に得た情報を正しいと思い込む |
| オートメーションバイアス | システムから出た結果を正しいと信じる |
| アベイラビリティバイアス | 思い浮かびやすいものを正しいと判断する |
| 確証バイアス | 今の考えが正しいという前提で情報を集める |
| 集団思考 | みんなが同意しているからこれが正しい |
| 自信過剰バイアス | 自分の判断が絶対に正しいと思い込む |
| 代表性バイアス | 代表的・権威的とみなされる人の意見を正しいと判断する |
| 選択的知覚 | 周りが「信用できる人」と言っている人の意見を正しいと思う |
エシックスリーダーとしての役割
公認会計士は企業内で**倫理リーダー(Ethics Leader)**としての役割を期待されている。高い倫理観を持った行動に組織を誘導し、組織風土を醸成する役割。
2. 違法行為への対応(NOCLAR)
2019年制定、2024年改正。
骨子
違法行為を見つけたら(またはその疑いがあれば)、見て見ぬふりをしないでアクションを取る。
対象範囲
| 含まれるもの | 含まれないもの |
|---|---|
| 会計・財務に限らず、自分が関わる全ての法令 | 明らかに重要性がないもの |
| 作為・不作為を問わない | 個人の違法行為(スピード違反等) |
| 内部資料・非財務情報も含む | — |
| 労務(残業未払い、ハラスメント)も含む | — |
| 食品表示違反なども含む(取締役として) | — |
重要:会計士だから会計のことだけ見ればいい、ではない。 社外役員・取締役として関わる以上、関連する法令全てが対象。
対応フロー
上級職とそれ以外の違い
| 区分 | 対応 |
|---|---|
| 上級職(社外役員等) | 自ら是正措置を取ることができる。組織的な対応を実施する |
| 上級職以外 | 報告・相談はできるが、自らアクションする権限は限定的 |
実例
循環取引による不正会計事件:経理企画部長(公認会計士)が循環取引を問題視し、社長・CFOに進言。聞き入れられず1か月後に退職。逐次メモを残していたため、後に報道で経緯が明らかになった。
文書化の重要性: 自分を守るためにも、いつ・何を・誰に相談したかの記録を残すことが推奨されている。
事例問題:空港運営会社のCFOとして
あなたは空港運営会社のCFO(公認会計士)。財務状況が悪化し、来年コベナンツに抵触して借入金の全額返済が必要になる可能性がある。社長が「空港のWi-Fi利用時に収集した個人情報をテナントに売って収益にしよう」と提案した。どう考えるか?
ポイント:
- 個人情報保護法に違反する可能性
- CFOとして会計・財務以外の法令も考慮する必要がある
- 「会計士だから個人情報保護法は関係ない」ではない
3. 監査人の独立性(二項業務の同意)
2024年改正。
骨子
監査法人(一項業務)が同じクライアントに二項業務(非監査業務)を提供する場合、社外役員(ガバナンス責任者)の同意が必要。
社外役員の役割
- この義務は監査法人に課されているもの(社外役員への直接の義務ではない)
- ただし、独立性を判断して同意する実質的な責任は社外役員にある
- 他の社外取締役(非会計士)は独立性の判断が困難 → 会計士の社外役員がオピニオンリーダーになる
2024年改正の重要変更
| 項目 | 旧ルール | 新ルール |
|---|---|---|
| 自己レビュー | 一部制限あり | 全面禁止 |
| 重要性の判断 | 重要性が低ければ許容 | 重要性は関係なし(1円でもダメ) |
| 別チーム(セーフガード) | 別チームなら許容 | 別チームでもダメ |
禁止される業務の具体例
| 業務 | 可否 |
|---|---|
| 会計基準・会計処理に対する助言 | 禁止 |
| 内部統制の適切性に関する助言 | 禁止 |
| 修正仕訳の提示 | 禁止 |
| 発見事項に対する改善提案 | 禁止 |
| 監査調整に関する問題解決 | 禁止 |
| グループ会計方針の助言 | 禁止 |
| 税務申告(事務的な代行) | 許容 |
| 税務顧問(助言業務) | 禁止(自己レビューに該当) |
リース基準適用(2028年)への留意
- 監査法人がIFRS16/リース会計の適用アドバイザリーを行う場合、自己レビューに注意
- 許容される範囲:影響度調査(「適用したらこう影響します」)
- 禁止される範囲:具体的な仕訳の提示、会計マニュアルの作成
4. テクノロジーへの対応
基本原則に組み込み済み。
骨子
テクノロジーに関して「専門外だからわかりません」は許されない。
正当な注意(Due Care)の一環として、テクノロジーを含む業務についてもリスクとガバナンスの観点から対応する能力が求められる。
背景
- 世界的に「会計士はテクノロジーに弱い」というイメージが定着しつつある
- これが会計士の価値低下の一因
- 他の資格団体(ISACA等)はテクノロジー対応の資格を積極的に展開
- USCPAもテクノロジーをコア科目に導入済み
求められるもの
| 必要 | 不要 |
|---|---|
| テクノロジーに伴うリスクの理解 | 技術的な詳細やアルゴリズムの知識 |
| ガバナンスの観点からの評価 | プログラミングスキル |
| SNS・AI・サイバー攻撃のリスク認識 | — |
| システムから出た結果を鵜呑みにしない姿勢 | — |
不正の事例:フラグ操作
ERPから会計システムへ自動でデータを流す際、大量の売上データに不正仕訳を紛れ込ませる手口。自動連携にフラグを立て、不正な仕訳を正規データと混ぜることで発見を困難にする。テクノロジーのリスクを理解していなければ見抜けない。
講師からのメッセージ
「テクノロジーに弱い」という発言を職場で絶対にしないでほしい。家の中で奥さんに言うだけにしてほしい。その発言が将来の会計士の価値を毀損する。
5. タックスプランニング
2025年7月定期総会で承認。2026年4月1日から適用。
背景
多国籍企業が税率の低い国に利益を移転し、実質的な税負担を極端に低くする行為に対する批判。英国の大手コーヒーチェーンの不買運動(税金を英国に払っていないことへの抗議)が象徴的な事例。
タックスプランニング業務に含まれるもの
| 含まれる | 含まれない |
|---|---|
| 税額の最小化を図る仕組みの構築 | 税務申告書の作成(事務的な代行) |
| 移転価格の問題 | — |
| 損金の活用 | — |
| 資本分配 | — |
| 税務当局との訴訟解決 | — |
| 企業買収に関する税務助言 | — |
| 相続計画 | — |
二つの要求事項
1. 信頼できる根拠(Credible Basis)
グレーな判断を行う際は、以下に基づいて判断すること。
| 根拠 | 説明 |
|---|---|
| 税法の趣旨 | 条文だけでなく、制度の目的に照らして判断 |
| 判例 | 類似事案の裁判所判断を参照 |
| 税務当局への相談 | 事前照会等を活用 |
白黒はっきりしている事案は問題にならない。問題はグレーの判断。新しい事象(例:ストックオプション)は税法が追いついていないことが多く、慎重な判断が必要。
2. スタンドバックテスト(Stand Back Test)
税務上適法であっても、風評やビジネスへの影響を評価する。
| 観点 | 確認事項 |
|---|---|
| 風評リスク | この税務戦略が社会的に公知になった場合、企業の評価はどうなるか |
| ビジネスへの影響 | 不買運動や取引停止のリスクはないか |
| 企業価値の毀損 | 税負担は軽減されるが、企業価値全体としてプラスか |
ポイント:税金は費用(Tax Expense)であり、最小化の努力は企業として当然必要。一方で、それが企業価値の毀損につながらないかのバランスが求められる。
税金を全く検討せず「言われたら払います」というスタンスも、善管注意義務の観点から問題になりうる。
6. サステナビリティ保証
IESBA基準は公表済み。2026年7月にJICPA倫理規則に組み込み予定。
構造
| パート | 対象 | 備考 |
|---|---|---|
| Part 1〜4 | 既存の監査・会計業務 | 従来から存在 |
| Part 5 | サステナビリティ保証 | 新設・独立パート |
Part 5が独立しているのは、サステナビリティ保証は会計士以外が行う可能性があるため。会計士でない保証業務提供者にもわかりやすいように、一つのパートにまとめている。
ポイント
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 独立性 | 監査と同じ基準 |
| 二項業務の制限 | 監査と同じ |
| 他の専門家の利用 | 監査より大幅に増加する見込み(気候変動の計算等) |
| 他の専門家への要求 | 独立性・スキル・システムの確認が必要(監査と同じ考え方) |
実務上の課題
- 対象は総資産3兆円・1兆円規模の超巨大企業
- 子会社まで含めた独立性チェックの仕組みが必要
- 監査法人はそのシステムを持っているが、他の保証業務提供者(ISO認証機関等)は持っていない
- 監査の独立性基準は30〜50年かけて積み上がった非常に厳格なもの → これをそのまま適用するのはヘビー
7. 会計事務所の文化(Firm Culture and Governance)
IESBA検討中。
問題の背景
ある国のBig4ファームで、政府の委員会に参画しているパートナーが「次はこういう制度が入る」という情報を営業に利用。利益追求のプレッシャーが背景。
論点
- Big4の監査の割合は全体の約3割。残り7割はコンサルティング
- 利益の重心がコンサルティングに偏る中、公共の利益とのバランスをどう取るか
- 利益誘導型の文化を止められなかったのはガバナンスの問題ではないか
倫理規則の課題
法的な制約
| 問題 | 説明 |
|---|---|
| 対象業務の限定 | 公認会計士法では一項業務・二項業務が規定されるが、社外役員・組織内会計士はこれに該当しない |
| 処分のハードル | 国家資格に対する処分は法律に基づく必要がある。倫理規則違反だけでは懲戒が困難 |
| 守秘義務との衝突 | 調査しようとしても、企業との守秘義務がハードルになる |
将来の論点
- 「公認会計士」の名のもとに行った全ての業務を対象とするのか
- それとも監査・財務アドバイスだけに留めるのか
- 会計士のブランディングと価値創造をどう考えるかに関わる
まとめ
| テーマ | 一言でいうと |
|---|---|
| 職業倫理の意義 | 締め付けではなく、会計士の価値を創造するためのもの |
| 探求心 | 入手した情報を鵜呑みにするな。確認しろ |
| 違法行為 | 見て見ぬふりをするな。文書化しろ |
| 独立性 | 社外役員として同意の判断責任がある。自己レビューは全面禁止 |
| テクノロジー | 「わかりません」と言うな。リスクとガバナンスは理解しろ |
| タックスプランニング | 税額最小化だけでなく、風評・ビジネス影響も評価しろ |
| サステナビリティ | 監査と同じ考え方。来年規則化される |