ASML、決算日には下がるのに株価2倍 — ガイダンス改定銘柄のからくりとEUVの現在地
ASML、決算日には下がるのに株価2倍 — ガイダンス改定銘柄のからくりとEUVの現在地
決算ビートモニタリングにASMLを追加し、ちょうど今日(2026/7/15)発表されたQ2 2026決算までの8四半期を並べてみた。すると妙な数字が出てきた。決算翌日の騰落率を8回分すべて掛け合わせると約-26%。ところが同じ期間に株価は+107%。決算イベント自体は価値を削り続けたのに、株価は2倍になっている。
この記事は、その分解と背景の整理。先に要点を3つ。
- ASMLは四半期ビートで買う銘柄ではない。ビート幅は平均+1.7%と小さく、株価を動かしてきたのは純受注(bookings)と通年ガイダンスの改定だった
- この1年あまりの株価上昇は、EPS成長が約1.5倍・PER拡大が約1.8倍という内訳。フォワードPER 44.6xは自社の過去レンジ(目安25〜35x)を大きく超え、2021年のピーク圏に近い
- 買われている理由はAI起点の2本柱。TSMCの先端ロジック(Blackwell→Rubin→次世代)と、HBM向け最先端DRAM工場の新設が、どちらもASMLのEUV露光装置の発注に直結している
詳細な四半期テーブルとチャートは ASMLのビートモニタリングページ に置いた。
8四半期で何が起きていたか
| 四半期 | 発表日 | 売上ビート | 翌日騰落 | 主因 |
|---|---|---|---|---|
| Q3 2024 | 2024/10/15 | +4.1% | -16.3% | 純受注€2.63Bが予想€5.39Bの半分以下 |
| Q4 2024 | 2025/1/29 | +2.1% | +4.3% | 純受注€7.09Bが予想の1.8倍 |
| Q1 2025 | 2025/4/16 | -0.7% | -7.1% | 受注ミス+関税警告 |
| Q2 2025 | 2025/7/16 | +2.3% | -8.3% | 3拍子ビートでも「2026年成長は確約できない」 |
| Q3 2025 | 2025/10/15 | -3.5% | +2.7% | 「2026年は2025年を下回らない」と初言及 |
| Q4 2025 | 2026/1/28 | +1.2% | -2.2% | 純受注€13.2Bが予想の2倍超で過去最高 |
| Q1 2026 | 2026/4/15 | +3.1% | -2.4% | FY26ガイド引き上げも対中規制懸念 |
| Q2 2026 | 2026/7/15 | +4.7% | +1.7%(暫定) | FY26を€43–45Bへ再引き上げ |
売上ビートの平均は+1.7%。Micronが直近2四半期で+18%台のビートを続けているのと比べると、良くも悪くも「予想どおり」の会社だとわかる。
これは装置ビジネスの性質による。露光装置は受注から納入まで1年以上かかり、どの装置をどの四半期に売上計上するかは受注残からほぼ決まっている。だから会社のガイダンス精度が高く、ビート幅は原理的に±数%へ収まる。四半期の実績ビートを追っても、この銘柄では材料にならない。
代わりに株価を動かしてきたのは表の「主因」列だ。-16.3%の急落も+4.3%の反発も、実績ではなく純受注(bookings)と翌年見通しへの反応だった。2025年は売上・利益・受注の3拍子ビートですら、CEOの「2026年成長を確約できない」という一言で-8.3%売られている。好決算でも売られる期間が続いたのは、市場がずっと「来年」だけを見ていたからだ。
株価2倍の中身 — 業績半分、評価半分
株価は2025年4月の $635 前後から今日の $1,776(時間外では $1,806)まで、約2.8倍になった。この間の変化を分解すると、
- EPS(NTM予想): 約1.5倍
- フォワードPER: 約22〜25x → 44.6x で約1.8倍
つまり上昇の半分近くは利益成長ではなく、市場が同じ利益に払う値段(PER)の切り上がりによる。
44.6xがどの程度の水準かというと、同じAI設備投資の受益銘柄と比べてこうなる(2026/7/15時点のフォワードPER・非GAAP)。
| 銘柄 | フォワードPER | NTM EPS成長率 |
|---|---|---|
| ASML | 44.6x | +32% |
| AMAT | 39.9x | +51% |
| AVGO | 24.7x | +94% |
| TSM | 24.6x | +42% |
| NVDA | 21.3x | +71% |
| MU | 6.9x | +218% |
成長率に対する値段としては、このリストの中で最も強気の値付けだ。自社の過去と比べても、フォワードPERがおおむね25〜35xのレンジで推移してきた会社であり(2024年末〜2025年初の底では22x台)、44.6xは2021年の過熱期に付けた50x前後に迫る。
市場がこの値段を払う理屈は「FY2026の€43–45B(前年比+32〜38%)はほぼ確定で、EUV生産能力を2027年に+30%増やす以上、FY2027も伸びる」という2年先までの前受けだ。仮にFY2027が+25%成長でも、FY2027ベースのPERは31x程度までしか下がらない。引き上げが続くことを前提にした値段であり、通年ガイダンスの「据え置き」が出た瞬間が最大のリスクイベントになる。Broadcomが2026年6月に、AI半導体のFY2027見通し$100Bを据え置いただけで売られた事例と同じ型が、より高いPERの上で起こり得る。
もうひとつ留意点がある。ASMLは2026年から四半期bookingsの開示をやめた(大型受注の偏りが実勢を歪めるため、という説明)。急落も反発も生んできた最重要指標が消えた結果、残された判断材料は通年ガイダンスの改定だけになった。
なぜ受注が再加速したのか — ロジックとメモリの2本柱
FY2026の通年ガイダンスは、€34–39B(1月)→ €36–40B(4月)→ €43–45B(7月)と、半年で2回引き上げられた。Q3 2026の売上ガイダンス€11–12Bは前年同期比+53%に相当する。この再加速の中身が、AI起点の2本柱だ。
柱1: TSMCの先端ロジック(AI GPU本体)
NVIDIAとAMDのAIアクセラレータは、TSMCの最先端プロセスで作られている。
- Blackwell(B200/GB200/GB300): TSMC 4NP(5nm系改良のNVIDIAカスタム)
- Rubin(2026年量産): TSMC N3系(3nm)、HBM4搭載
- 次のFeynman世代(2028年頃): N2(2nm)やA16が候補と報道されている段階
- AMD MI355XはN3、次のMI400系もN3/N2級
今売れているGPUが4nm/3nmラインを埋め尽くしているので、TSMCは次世代の受け皿として新竹・高雄のN2工場やアリゾナ第2・3期を建てている。この「次の受け皿」に入る装置の発注が、ASMLのいまの受注と売上になる。
柱2: HBM向け最先端DRAM工場
HBMの中身は積層された最先端DRAM(1β/1γ世代)で、DRAMはEUVの使用レイヤーが世代ごとに増えている(1γで5層前後)。なおNANDはEUVをほぼ使わないため、「メモリ工場→ASML」の文脈は実質DRAM/HBM工場の話になる。
実際に動いているのは、SK hynixの龍仁クラスターと清州M15X、Samsungの平沢P4/P5、Micronのボイシ新棟あたりだ。2025年に発表された工場群の建屋がいまできつつあり、装置は建屋完成後に入るので、2026〜2027年のASML売上に乗るタイミングとして辻褄が合う。しかもHBMはダイが大きいうえに積層するぶん、同じビット数を作るのに通常DRAMよりウェハを食う。ビット需要以上にウェハ能力=装置需要が増幅される。
ひとつ引き算も必要だ。2025年の重石は中国向けDUV販売の正常化だった(中国売上比率は36%→19%へ低下)。いま起きているのは全体の単純増ではなく、中国DUVの穴をAIロジック+DRAM/HBMのEUVが埋めて余りあるというミックスの入れ替わりだ。
そもそもASMLの機械は工程のどこに入るのか
ASMLの製品は前工程(ウェハ処理)の露光装置。チップは回路を一層ずつ積み上げて作るが、各層で必ず次のループを回す。
成膜(AMAT/東京エレクトロン)→ レジスト塗布(TEL)→ 露光 ← ここがASML → 現像 → エッチング(Lam/TEL)→ 検査(KLA)→ 次の層へ
露光は、回路パターンを描いたマスクに光を通して、ウェハ上の感光材へ回路を焼き付ける工程だ。印刷でいう輪転機で、使う光の波長が「どこまで細く描けるか」を決めるため、微細化の物理的な上限を握っている。
- 最先端ロジック1チップは60〜80層以上のパターニングを重ねる
- 最も微細な15〜25層前後をEUV(波長13.5nm、ASMLが世界で唯一供給)で、残りをDUV液浸(ここもASMLがシェア約9割)で焼く
- 価格はEUV 1台約€2億超、High-NA EUVは約€4億。最先端工場1棟に数十台入り、工場の装置投資に占める最大費目(2割強)が露光
TSMCがN2工場を1棟建てる=ASMLに数十億ユーロ規模の発注がほぼ自動的に発生する、という関係がここから来る。High-NA EUVはQ4 2025に初めて2台が売上計上されたばかりで、装置単価の切り上がりはこれから本格化する。
切り分けとして、BlackwellのGPUダイとHBMを貼り合わせるCoWoSパッケージング(後工程)はASMLの主戦場ではない。あちらのボトルネック解消は別の装置メーカーの話で、ASMLはあくまで「ダイそのものを焼く前工程」の会社だ。
まとめ
- ASMLの決算は四半期ビートを見る銘柄ではなく、純受注と通年ガイダンス改定を見る銘柄。その純受注の四半期開示は2026年からなくなり、判断材料は通年ガイダンスに一本化された
- 株価2.8倍の内訳はEPS約1.5倍×PER約1.8倍。44.6xは自社史でも同業比でも高域で、「引き上げがまだ続く」ことに賭ける値段になっている
- 買われる根拠は、TSMC先端ロジックとHBM向けDRAM工場という2本柱の新設ラッシュが、前工程の露光=EUVの発注に直結していること。逆に言えば、通年ガイダンスの据え置きが出た瞬間がこの値付けの試金石になる
今後は ASMLのビートモニタリングページ の通年ガイドチャートで、€43–45Bの次の改定方向を追っていく。