ADRと現地株の価格差は、なぜ埋まらないのか

開発financial-data

同じ会社の株に、二つの値段がついている

あるアジアの半導体メーカーの株価を眺めていて、手が止まった。

現地の取引所でついている値段と、米国で取引されているADR(米国預託証券)の値段が、大きく開いたまま並んでいる。

ADRは、現地の株を預託銀行に預けて発行される引換証だ。 中身は同じ会社の同じ持ち分で、一枚が何株にあたるかの比率も決まっている。 だから二つの値段は、為替と手数料の分を除けば、ほぼ同じところに落ち着く。

落ち着いていなかった。

教科書どおりなら、ここに裁定取引が入る。 割安な側を買い、割高な側を売り、差が消えるまで続ける。 差が目に見える大きさで残っているなら、まず誰かが取りに行っているはずだ。

取りに行っていないのではなく、取りに行けないのかもしれない。 そう思って、その理由を探しはじめた。

箱の数が足りていないのではないか

まず、自分なりの説明を一つ書き出した。

ADRには「発行されている箱の数」に上限がある、という説明だ。

ADRが現地株より高いとき、差を消す動きはこうなる。 現地市場で安い株を買い、預託銀行に預け、新しいADRを作り、米国で高いほうの値段で売る。 供給が増えれば、ADRの値段は下がって現地株に寄っていく。

この経路の途中に関門がある。 現地株を預けてADRに換える手続きが枠で止められていると、供給を増やせない。 割高なADRを売る側だけは動かせても、箱を増やす側が塞がっていれば、差は残ったままになる。

だとすれば、上限が解除された時点で裁定がかかり、差は縮むはずだ。

筋は通っている。 通りすぎている、とも思った。

仮説を言葉にしたところで、セッションの利用上限に当たって止まった。 上限が戻ってから、ひとこと「続きお願いします」と打って再開した。 中断をはさんでも、書き出しておいた仮説がそのまま次の問いになったので、話を組み立て直す手間はかからなかった。

自分の説明ほど疑わしい

思いついた説明は、自分がいま見ている材料にだけ都合よく合う。 合うように思いついているのだから当然で、そこで納得して止まると先がない。

そこで、この仮説をそのまま信じずに、事実として確かめるよう調べさせた。

確かめたかったのは二点だ。

一つめ。 現地の取引所に上場したまま米国でADRを出している銘柄のうち、ADRに回せる浮動株が多いものでは、裁定が働いて差が小さいまま推移しているのか。

二つめ。 差が開いたままになっている銘柄は、ADRに回せる浮動株の割合が小さく、量が事実上固定されているせいなのか。

どちらも「はい」か「いいえ」で返ってくる形にしてある。 仮説が正しければ二つとも「はい」になり、片方でも「いいえ」が返れば、自分の説明は捨てるか作り直すことになる。

なぜ浮動株の割合で見るのか

浮動株の割合を持ち出したのは、それが数字で出てくるからだ。

「裁定が働きにくい」は、そのままでは確かめようがない。 働きにくいと感じた理由を、市場に出回っている株がどれだけあるかという量に置き換えれば、銘柄をまたいで並べられる。

比べる軸が決まると、反例の探し方も決まる。 ADRに回せる浮動株が十分あるのに差が開いたままの銘柄が一つ見つかれば、この説明はそこで崩れる。 崩れる条件を先に決めておくと、都合のいい事例だけを拾って満足する道が塞がる。

返ってきた事実

転換が自由なADRは、本国の株との差がほぼゼロに張り付いていた。

転換に枠があるADRでは、差が何年も残っていた。

二点とも、聞きたかった向きには「はい」が返ってきた。 ただし、返ってきた答えは自分が置いた軸とぴたり同じではなかった。 差を分けていたのは浮動株の割合そのものではなく、ADRを新しく作ったり本国株に戻したりできるかどうかだった。 浮動株が少ないことは、その転換が詰まる原因の一つでしかない。 軸としては粗かったわけで、次に確かめるなら転換の可否のほうを直接見ることになる。

裁定が働いていないのではない。 働ける場所ではきちんと働いていて、働けない場所にだけ差が残っている。

ただし「上限が解除されれば縮む」という先の部分は、過去に差が縮んだ事例が支持する範囲にとどまる。 そこまで確かめたとは言えない。

表では差の出どころが読めない

値段の比較を、最初は項目を縦に並べた表にしてあった。

数字は全部載っている。 それでも、どこでどれだけ差がついたのかが読み取れない。 表は各項目の値を並べるだけで、出発点からいくら増えていくらで着地したか、という積み上がりを見せてくれないからだ。

そこでウォーターフォールチャートに作り直させた。 図解のスキル(svg-diagram)とデータ可視化のスキル(dataviz)を読ませてから描かせた。

棒の高さで増減が出ると、どの項目が効いているかが目で追える。 表を見ながら頭の中で足し算していた作業が、そのまま図の側に移った。

学んだこと

  • 価格差を見つけたら、まず自分の仮説を文章にして書き出す。頭の中に置いたままでは検証にかけられない
  • 仮説は測れる量に落とす。「裁定が働きにくい」では確かめようがないが、「ADRに回せる浮動株の割合」なら銘柄をまたいで並べられる
  • 確認したいことは「はい」か「いいえ」で返る形にして渡す。曖昧に聞けば、曖昧に肯定されて終わる
  • 筋の通った説明ほど、自分では反例を探さなくなる。どんな事実が出たら捨てるのかを、調べに行く前に決めておく
  • 数字が全部載っている表と、読み取れる図は別物だ。差の内訳を知りたくなった時点で、表から図に移す
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